日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第10回
雨の多い月なのに
なぜ「水無月」と書くのか?

 「水無月」とは陰暦6月の異称であるが、現在では梅雨の時季に重なるこの月をなぜ「水の無い月」と書くのか、ずっと疑問に思っていた。もちろん陰暦の場合、4、5、6月が夏なので、陰暦6月は一番日差しの強い夏の真っ盛りであるということは知っていた。だが陰暦6月に当たる新暦の7月だって、干ばつの年は別にして、雨がまったく降らないというわけではない。この月だけ「水が無い」という理由がわからなかったのである。
 そこで、『日国』を引いてみると…
〈「な」は「ない」の意に意識されて「無」の字があてられるが、本来は「の」の意で、「水の月」「田に水を引く必要のある月」の意であろうという〉
 と説明されていて、ようやく納得がいった。
 この月は畑に水が「無い」ことは確かだが、「無い」ことを意味していたのではなく、畑に水が必要だということを意味した呼び名だったのである。つまり農事と深く関わることばだったわけだ。
 残る疑問はいつごろから「水無月」という表記が生まれたかということである。実はこれには有力な手がかりがある。平安時代後期の和歌の研究書『奥義抄』に「此月(このつき)俄(にわか)にあつくしてことに水泉(すいせん)かれつきたる故にみづなし月と云ふをあやまれり」とあるところから、かなり古くから「水無し月」と理解されていたことがわかる。

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