第117回
「味気ない」を何と読むか

 ゆとりや味わいに乏しくて風情がないという意味の「味気ない」を、皆さんはどう読んでいるだろうか。「あじけない」に決まっているではないか、大方はそのようにお答えになるであろう。だが、半世紀前までは正しいとされた読みは「あじけない」ではなかったのである。
 では何が正しいとされていたのかというと、「あじきない」であった。今でも年配の方の中にはそう読む方もいらっしゃるはずである。
 「味気ない」は、文語「あぢきなし」から「あじきない」となり、さらに「あじけない」と変化した語で、「あじきない」の方が古い語である。「あぢきなし」の用例はすでに平安時代から見られ、昭和30年代まではその変化形である「あじきない」が主流であった。
 なぜそのようなことがわかるのかというと、この「き」「け」問題はその当時の国語審議会で再三取り上げられたからである。
 たとえば第五期国語審議会(昭和34~36年)では、「威張る」を「いばる」と言うか「えばる」と言うかという問題の中で、これは母音「イ」「エ」の音が互いに通い合う現象で、「イボ・エボ(疣)」「アジキナイ・アジケナイ(味気無い)」「イヤキ・イヤケ(厭気)」なども同様の例であるとしている。さらに、関東・東北をはじめ,「イ・エ」の音の区別をしない地方は諸所にあり、これは一般的に「なまり」と考えられていることから、「イ」音の「あじきない」を標準形とした。
 わずか50年ほど前のことだが、現在の語感とはかなり違うような気がする。現在では「あじきない」を「なまり」と感じる人も多いのではないだろうか。昭和30年代には「なまり」とされた「あじけない」だが、その後国語審議会の思惑通りにはならず、むしろこちらの方が主流になってしまったのだから面白い。このような傾向を無視することができなくなり、テレビ・ラジオなどでも現在は「あじけない」を第1の読み、「あじきない」を第2の読みとするようにしている。

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