第119回
“張る”のは「論陣」「論戦」どっち?

 国内最大級と謳(うた)っているオンライン英語辞書を何気なく見ていたときのことである。和英辞典の中に「論戦を張る」という見出しを見つけて一瞬わが目を疑った。よく見ると「論陣を張る」と同義と見なし、 to take a firm stand あるいはto argue about などという英語を添えているではないか。インターネットの世界ではついにここまできてしまったのかと、複雑な心境であった。
 もちろん正しい言い方は「論陣を張る」である。「専門家を相手に堂々と論陣を張る」などと使う。「論戦を張る」は「論戦」「論陣」の混同で生まれた誤用である。
 その間違った言い方が、インターネットなどでかなり広まっているという実感は以前からあった。だがそれはブログなどのことで、まさか英語辞書のサイトとはいえ、ことばを調べるサイトまで広まっているとは思ってもみなかった。
 その混同が一般にかなり浸透していることは確かである。たとえば文化庁が発表した平成19(2007)年度の「国語に関する世論調査」では、本来の言い方である「論陣を張る」を使う人が25.3パーセント、間違った言い方「論戦を張る」を使う人が35.0パーセントと、逆転した結果が出てしまっている。
 なぜ「論陣」は「張る」のかというと、軍勢が駐屯する場所をいう「陣」に「陣を張る」と言い方があることから、「論陣」も「張る」と結びついていると考えられる。近代以降の用例を見ても「張る」の他に「論陣を/固める・布(し)く」などやはり「陣」に関する語と結びついているものが多い。
 一方「論戦」は「論戦を/開く・繰り広げる・交わす」など「戦」に関する語と結びつきやすい。
 同じ「論○」という熟語ではあるが、その使い方は「陣」「戦」の違いと同じであると覚えておけば、間違えることなど無くなるのではないだろうか。

キーワード:

さらに悩ましい国語辞典
―辞書編集者を惑わす日本語の不思議!―

日本最大の辞書『日本国語大辞典』の編集者はまだまだ悩んでいる! 辞書で定義しずらい言葉の悩み辞書にした「悩ましい国語辞典」の第2弾。
そんたく【忖度】[名]「忖」も「度」もはかるという意味。他人の心を推し量ることで「なにか配慮をする」の意味はない。/しんしゃく【斟酌】配慮までする意味なら「忖度」でなく、「斟酌」の方がしっくりする。この語「手加減する」と意味は変化し続け、今、忖度で起きている現象が斟酌でも起きている……

悩ましい国語辞典
―辞書編集者だけが知っていることばの深層―

「日本国語大辞典」の編集担当者を惑わすことばの不思議スリリングに揺れる日本語の深さ! 面白さ満載!
「うがった見方」は「疑ってかかるような見方」ではない/「悲喜こもごも」を合格発表の描写で使うのは誤り/「まじ! 」は、江戸時代の小説に使用例がある/スコップとシャベルはどちらが大きいか?西日本と東日本では違う/「谷」を「や」と呼ぶのは音読みでも訓読みでもない方言/「あばよ」の語源は幼児語の「アバアバ」

ジャパンナレッジとは

ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。
日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。

ジャパンナレッジ Personal についてもっと詳しく見る