第127回
「ひとりごちる」という語は存在するか?

 知人から、こんな質問を受けた。小説を読んでいたら「ひとりごちた」という表現を見つけた。終止形は「ひとりごちる」だと思われるが、手もとの辞典には載っていない。そんな語は存在するのだろうか。
 その時は、それは「ひとりごつ」という古語の四段活用の動詞で、独り言を言うという意味である。古語なので、「ひとりごちる」という終止形はおかしいと答えた。
 だが、少し気になることがあったので念のためにいくつかの国語辞典を引いてみた。すると、口語の上一段活用動詞「ひとりごちる」を見出し語として掲げている辞典があるではないか。これにはいささか衝撃を受けた。筆者は今までこの語を古語の「ひとりごつ」だと考えていたし、実際に編集に関わった国語辞典でも「ひとりごつ」で見出し語を立てていたからである。
 「ひとりごつ」は「ひとりごと(独り言)」が動詞化したちょっとユニークな語である。
 『枕草子』など古くは平安時代の用例が見られ、それらはほとんどが連用形の「ひとりごち」か、終止形の「ひとりごつ」の用例だけである(連体形の例もあるが)。
 近代例も『日本国語大辞典』で引用した尾崎紅葉『多情多恨』〔1896〕の用例、「『然(そう)云って可いかなあ』と独語ちたので」は連用形である。
 最近の小説で使われるときも、おそらく「ひとりごちた(て)」という連用形の例がほとんどだと考えられるのだが、ここでやっかいなのは、この語を現代語の上一段活用動詞と考えても連用形は「ひとりごち」で同じ語形になるのである。そのようなことから、この語を上一段活用の動詞と見なして、終止形「ひとりごちる」を作り出したものと思われる。
 口語化された「ひとりごちる」の存在を認めたとしても、いささか古めかしい語であることは間違いなく、どちらかと言えば時代小説などで使われることが多い語だと思うので、筆者としては依然として古語だと考えたいのである。

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