第128回
暇に“あかして”と“まかせて”

 「ところで『暇にまかせる』って言い方をする?」
 東京女子大学教授の篠崎晃一氏(社会言語学)と雑談をしていときに突然こんな質問を受けた。
 「『暇にあかして』とは言うけれど『暇にまかせて』は誤用なんじゃないですか。音も似ているし」
とっさにそう答えたのだが、氏は納得しない様子で、
 「そう思うのなら、『日本国語大辞典』の「まかせる」の用例を読んでみて」
 ちょっといやな予感がしたのだが、自分のモバイルですぐに『日本国語大辞典』の「まかせる(任)」を引いてみた。ジャパンナレッジの個人会員になっていると、どこにいても即座にモバイルで膨大な辞書の検索ができるのだから便利になったものである。
 するとそこには宇野浩二の小説『苦の世界』(1918~21)の「ひまにまかせる」という用例があるではないか。一瞬、誤用例を採用してしまったのだろうかと背筋が寒くなった。
 だが、篠崎氏の話だと「暇にまかせて」の例は宇野浩二だけではなく、夏目漱石をはじめ近代以降かなり広まっているのだそうである。従って、「暇にまかせて」という言い方自体を誤用と断定するのは無理があるが、「まかせる」と「あかす」とでは意味がまったく違うので、同じ意味と考えるのならそれは間違いであり、むしろその方が問題なのだという。ところが、近年これらを同義に扱っている辞典が出始めているのだそうだ。
 たとえば『大辞林 第3版』は「自分のもっている力や時間を十分に使う」という意味を設け、『明鏡国語辞典 第2版』は「…に飽かして…する」と同義であるとして、ともに例文で「暇にまかせて」を載せている。
 「まかせる」は元来、何かに依存してその行為をするという意味で、他のものの力によってという受動的な意味合いが強いのに対して、「あかす」は、「金に飽かして」などとも言うように、有り余っているものをふんだんに使うという意味で、能動的な意味合いで用いられる。だから、「暇にまかせて」を「暇にあかして」と同じように、「暇」を十分利用してという意味にはできないはずである。『日本国語大辞典』の宇野浩二の用例も、一見正しそうだが、「まかせる」本来の「なりゆきにまかせる」という意味のところで引用されているので、逆に意味と用例が合っていないことになる。以上が篠崎氏の説明であった。
 近代以降「暇にまかせて」が増えてきているのであれば、国語辞典としてはそれなりの対応を検討しなければならないのだが、意味的な問題があるのだとすると簡単に登録するわけにもいかないであろう。
 またしても難しい宿題が出てしまった。

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