第129回
「がっつり」の北海道方言起源説に異議あり

 「(焼き肉を)がっつり食べる」
といった言い方をするかという調査の結果が、先頃文化庁から発表された(平成23年度「国語に関する世論調査」)。結果は、「ある」という人が21.8%、「ない」という人が77.5%。だが、20代、30代に限ってみると、半数以上が「ある」と答えている。つまりこのことばは、比較的若い世代に広まっていることばであると言えそうだ。
 国語辞典での扱いはどうかというと、新語に敏感な辞典では掲載しているものも出始めているが、まだ登録していない辞典も多く、扱いはまちまちである。今回の調査結果を受けてのことではないが、やはり広く浸透しているわけではないという判断が働いているのであろう。調査結果もそれを裏付けている。
 「がっつり」は比較的新しく使われるようになったことばであるが、この語は北海道の方言が広まったものだという説がある。辞典でもインターネットで検索できる『大辞泉』は補注でその説を紹介している。
 だが、この説を全面的に信用するのはいささか危ない気がする。というのは、社会言語学者の篠崎晃一氏(東京女子大学教授)による以下のような調査報告が存在するからだ。
 「「しっかり」の意味の「がっつり」は高知など四国での使用度が高いが、九州では大分だけが突出して高い」(篠崎晃一『出身地(イナカ)がわかる方言』幻冬舎文庫)
 さらに、『日本国語大辞典 第2版』で「がっつり」を引くと、「がっつり食べる」の意味はないが、方言欄に「がっつり」が載っているのである。しかも、その分布地域は九州、沖縄に限られている。ただし、意味は「がっつり千円あった」などのように「ちょうど」「ぴったり」の意味や、「がっつり(がっつい)似ている」のように「実に」「本当に」といった意味ではあるが。
 北海道方言の「がっつり」の存在を否定しているわけではないが、九州にも「がっつり」という方言形は存在し、篠崎氏の前掲書のように九州、四国で「しっかり」の意味で使われるようになっているのである。北海道方言の成り立ちを考えると九州の「がっつり」の方が古いという可能性も否定できない。
 篠崎氏から直接聞いた話では、北海道の「がっつり」がどのような経路で広がったのかはわからないが、本来の「がっつり」は、「がっつり怒られた」のような「思いっきり」「こっぴどく」という状態を強調する意味だったらしい。
 いずれにしても今回文化庁が調査した意味の「がっつり」は、北海道方言起源説、九州方言起源説どちらをとっても、本来の意味とは違っているわけである。その意味の変化は「がっつり」と似た音形の「がっつく」や「がっちり」などの影響もあるのかもしれない。 
 いずれにしてもこの新しい「がっつり」の起源の解明は、軽々には結論を出さず、今後の研究に待つべきであろう。

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