第133回
「寸暇を置く」という表現

 前回に引き続き、「寸暇」の使い方についてお付き合いいただきたい。
 「現代日本語書き言葉均衡コーパス」と名付けられた、国立国語研究所で現在構築中のデータベースがある。「コーパス」というのは、コンピューターを利用してデータベース化された大規模な言語資料のこと。国立国語研究所のこのデータベースは、実際に書きことばとして使われた今の日本語を様々な角度から解析することができ、時として思いがけない誤用も見つけられるので、たいへん便利かつ興味深いものである。
 そのコーパスで「寸暇」を検索してみた。すると「寸暇」のあとに「を」という助詞が続く用例が21例見つかった。その内訳は以下の通り(数字は頻度)。
寸暇を惜しむ 15 /寸暇をさく 2 /寸暇を割く 2 /寸暇を盗む 1 /寸暇を置く 1
 この「寸暇を惜しむ」15例の中に前回の「寸暇を惜しまず」の例が1例だけ紛れ込んでいる。できれば「寸暇を惜しんで」「寸暇を惜しまず」を分けて表示してもらいたいところだが、今回話題にしたいのはそのことではなく、他の用例のことである。
 「寸暇をさく(割く)」「寸暇を盗む」という例があるが、それらは「寸暇」本来の意味を正しく表していると思われるので問題はなさそうだ。
 だが、「寸暇を置く」はどうであろうか。こんな例である。
 「そして寸暇を置かず、渦巻く火炎が解き放たれた。」 (安井健太郎著 『ラグナロク』1999,9 文学)
 おそらく「寸暇を置かず」は「間を置かず」との混交によるもので、同じような意味で使われたものと思われる。だが、「寸暇」はわずかなひまという意味で、(わずかな)時間という意味はない。筆者にとっては初めて出会った用法である。念のためにインターネットで検索してみると、驚いたことに「寸暇を置かず」は徐々に浸透していることもわかった。明らかに誤用ではあるが、「寸暇を惜しまず」同様さらに一般に広まる可能性は否定できない。将来的には辞書での扱いに悩まされるやっかいな存在になるかもしれない。
〔本稿は、国語研究所とLago言語研究所が開発したNINJAL-LWP for BCCWJを利用しました。〕

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