第137回
もうひとつの「割愛」の意味

 今年9月に文化庁が発表した平成23年(2011年)度の「国語に関する世論調査」は、本来の意味で使っている人の割合が極端に少ない語がいくつもあってけっこう話題になった。「割愛」もそのひとつで、惜しいと思うものを手放すという本来の意味で使っていた人は17.6%しかいなかったのである。65.1%の人が、不必要な物を切り捨てるという本来なかった意味で使っていたと報告されている。 
 「割愛」は元来は愛着の気持ちを断ち切るという意味の仏教語で、それから惜しいと思いながらも省略したり捨てたりするという意味が生じたのである。
 従来なかった「割愛」の意味が広まっていると聞いて、思い出したことばがある。「割愛申請書」というのだが、ご記憶の方もいらっしゃることであろう。平成6年(1994年)に国会で天下り問題が論議されたとき(天下りが問題になったのは別にこの時だけとは限らないであろうが)、このような申請書が存在したことが話題になったのである。
 「割愛申請書」とは、当時の建設省が天下り先の企業(ゼネコン)に採用後の待遇などを記入させて事前に提出させた申請書のことである。公務員が、他の自治体や民間企業などへ移る(天下りをする)ときは、有能な人材を手放していただくという意味合いがあるらしい。
 そのような意味の申請書を天下りの受け入れ先に提出させていた建設省の感覚は驚きであるが、「割愛」という語の意味そのものを考えると、単に不必要なものを切り捨てるという意味ではなく、惜しいと思うものを手放すという意味なので、間違って使ってはいない。もちろん、事の善し悪しは別ではあるが。
 「割愛申請書」そのものは、それが話題になった平成6年6月3日の衆議院建設委員会の会議録(第5号)を読むと、前年の平成5年の12月に一切提出を求めないようにしたと建設省の職員が答弁しているので、それを信じるならすでに無くなっていたらしい。
 だが、辞典の中にはその意味が存在し続けているのである。筆者が調べた限りではその意味が記載されているのは『大辞林』『広辞苑』だけなのだが、『大辞林』は1995年の第2版から、『広辞苑』は2008年の第6版からその意味を追加しているので、明らかに「割愛申請書」が話題になったことを受けてのことであろう。
 「割愛申請書」は無くなっても、「割愛」という語は現在でも大学の教職員の異動などの際に使われることがあるらしい。これもまた一般人には理解に苦しむ使い方ではあるが、その意味の説明もまだまだ必要なのかもしれない。

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