日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第141回
「破天荒」は文字にだまされてはいけない

 「破天荒な人生を送る」という文章を読んで違和感を覚えた方はどれくらいいらっしゃるだろうか。
 「破天荒」もまた、本来なかった間違った意味が広まっていることばの一つなのである。平成20年(2008)に文化庁が行った「国語に関する世論調査」で、「彼の人生は破天荒だった」を、「だれも成し得なかったことをすること」という意味で使うか、「豪快で大胆な様子」という意味で使うかという質問に、後者の意味で使うと答えた人が64.2パーセントもいたのである。もちろん正しい意味は「だれも成し得なかったことをすること」である。だがこちらを使うと答えた人はわずか16.9パーセントであった。
 『日本国語大辞典』によれば、「天荒」とはまだ開かれてなく荒れて雑草などがはびこっている土地のことである。「破天荒」は中国唐代に官吏の採用試験の合格者が一人も出なかったために人々に「天荒」と呼ばれていた荊州(けいしゅう)から、大中年間(847~860)に劉蛻(りゅうぜい)という及第者が初めて出たことにより、それを「天荒を破った」と言われたという故事によるという。これから、今までだれも行えなかった事を成しとげるという意味になった。
 従って「破天荒な試み」「破天荒な出来事」は前代未聞なという意味が正しく、豪快で大胆なという意味ではない。「破天荒な人生」も「破天荒な性格の持ち主」もどちらも間違った意味で使われた用法ということになる。
 「破天荒」が「豪快」とか「大胆」とかいう意味と結びついてしまったのは、恐らく「破」「荒」という漢字に惹かれてのことであろう。漢字表記だけで意味を類推してはいけないということなのかもしれない。

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