第142回
「ひとりぼっち」か「ひとりぽっち」か?

 大晦日の紅白歌合戦には魔力があるのだろうか。最近は知っている歌手も少なくなってきたのでもう見るのはやめようと思っていても、その時間になるとついテレビをつけてしまう。
 特に昨年の紅白は、子どもの頃大ファンだった坂本九のヒット曲「上を向いて歩こう」を徳永英明さんが味わい深く歌っていたので、つい聞き入ってしまった。画面に歌詞も出ていたので、一緒に声を出して歌ってしまったくらいである。ところが、1番の最後の部分まできて、徳永英明さんは「ひとりぼーち」と歌っているのに、歌詞の字幕はどう見ても「ひとりぽっち」と書かれているではないか。いったいどういうことなんだろうかと、気になって仕方がなかった。
 「上を向いて歩こう」の公式の歌詞がわからないので、はっきりしたことは言えないのだが、作詞家の永六輔さんは字幕通り「ひとりぽっち」としているらしい。だが、面白いことに、NHKは「ひとりぽっち」を認めていないのだ。NHK関係者がよりどころにしている『ことばのハンドブック 第2版』では、「○ヒトリボッチ、×ヒトリポッチ」とはっきりと書かれているのである。徳永さんはNHKの基準に従ったというわけではなさそうだが、「ひとりぼっち」の方が一般的な言い方になりつつあることは確かだ。国語辞典を見ても「ひとりぼっち」で見出し語を立て、「ひとりぽっち」は解説の中で異形扱いにしているものが圧倒的に多い。
 「ひとりぼっち」は「ひとりぼうし(独法師)」の変化した語で、それが、たったひとりでいること、身寄り、仲間、相手などのいないこと、という意味になったものである。この場合の「法師」は、お坊さんのことではなく、たとえば「一寸法師」「影法師」などのように、ある語に添えて「人」の意を表す使い方である。
 バ行音がパ行音に交替するのは珍しい現象ではないので、「ひとりぼっち」「ひとりぽっち」の揺れも特別なものではない。
 だが、「ぼっち」「ぽっち」の音の違いなのだろうが、語感というか受ける感じが、「ひとりぼっち」と「ひとりぽっち」とでは少し違う気がする。個人的な感覚ではあるが、「ひとりぽっち」の方がより寂寥感(せきりょうかん)が増すような気がするのだが、みなさんはいかがであろうか。

キーワード:

さらに悩ましい国語辞典
―辞書編集者を惑わす日本語の不思議!―

日本最大の辞書『日本国語大辞典』の編集者はまだまだ悩んでいる! 辞書で定義しずらい言葉の悩み辞書にした「悩ましい国語辞典」の第2弾。
そんたく【忖度】[名]「忖」も「度」もはかるという意味。他人の心を推し量ることで「なにか配慮をする」の意味はない。/しんしゃく【斟酌】配慮までする意味なら「忖度」でなく、「斟酌」の方がしっくりする。この語「手加減する」と意味は変化し続け、今、忖度で起きている現象が斟酌でも起きている……

悩ましい国語辞典
―辞書編集者だけが知っていることばの深層―

「日本国語大辞典」の編集担当者を惑わすことばの不思議スリリングに揺れる日本語の深さ! 面白さ満載!
「うがった見方」は「疑ってかかるような見方」ではない/「悲喜こもごも」を合格発表の描写で使うのは誤り/「まじ! 」は、江戸時代の小説に使用例がある/スコップとシャベルはどちらが大きいか?西日本と東日本では違う/「谷」を「や」と呼ぶのは音読みでも訓読みでもない方言/「あばよ」の語源は幼児語の「アバアバ」

ジャパンナレッジとは

ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。
日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。

ジャパンナレッジ Personal についてもっと詳しく見る