第145回
「ビラ」は何語?

 歴(れっき)とした日本語なのに、語源がわからなくなって外来語だと思われていることばが結構ある。第66回で紹介した「すててこ」もそうだが、「駅構内でのチラシ・ビラ等の配布を禁止します」という貼り紙などでよく見かける「ビラ」もそういったことばの代表と言える。このような貼り紙では「チラシ」も「ビラ」同様片仮名書きにされているが、「チラシ」は「散らし」で片仮名書きにするのは強調するためだということは直ぐにわかるであろう。
 だが、問題は「ビラ」の方。その音も何やら外来語っぽいのだが、正真正銘の日本語なのである。
 『日本国語大辞典』を見ると、式亭三馬作の滑稽本『浮世床』(1813~23)の「むかふの壁に張付ある寄(よせ)のびらを見つめてゐたりしが」(初・上)という江戸時代の例がちゃんとある。意味はと言うと「宣伝のための文章や絵などを書いて掲示したり、配布したりする紙片。本来、演劇や演芸の宣伝のために、湯屋や飲食店など人目の多いところに張り出したものをいった。」というのだ。今では、「びら」も「ちらし」も広告するために配る一枚物の印刷物を言うのだが、「びら」は本来は壁などに張る物も言ったのである。漢字を当てるとすると「片」「枚」などと書くようだ。
 なぜ、この「びら」が外来語だと思われるようになったのか。やはり、『日本国語大辞典』の「びら」の補注には「大正時代、社会運動の中で英語のbill と混淆し、外来語意識をもって用いられた。」とある。billは張り紙、ポスター、ちらしの意味で、偶然だが日本語も英語もよく似ている。この補注ではさらに、「以来今日でも、和語・外来語の別の判然としない場合が多いが、『アジビラ』などは外来語意識で使われている。」とある。
 「アジビラ」はすべて片仮名で書かれることが多いが、以上見てきたように「びら」は日本語なので、この語を載せている国語辞典の見出し語形は「アジびら」である。「アジビラ」ということば自体最近ではあまり聞かなくなったが、「アジびら」だと思って辞書を引く人はどれくらいいるだろうか。

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