第147回
「あわやホームラン」は正しいか?

 最近はほとんど聞かなくなったが、以前はテレビやラジオの野球中継で、アナウンサーが「あわやホームラン!」などと叫んでいるのをよく耳にした。もちろんこの「あわや」は誤用なので、放送では意識して使わないようにしたのであろう。だが、インターネットでは、いまだにこれに類する誤用が検索に引っかかるのである。
 「あわや」という語は、危険などが身近に差し迫っているさまを表す語で、「あわや自転車にぶつかるところであった」などのように「あわや…する」という言い方で使われることが一般的である。
 この「あわや」は、古くは、何かことの起ころうとするときや驚いたときに発する感動詞であった。「ああまあ」とか、「ああっ」「あれっ」などといった意味合いである。たとえば、『日本国語大辞典 第2版』には『平家物語』の用例が引用されている。
 「あやしのしづのを賤女(しづのめ)にいたるまで、あはや法皇のながされさせましますぞやとて〔=卑しい男女にいたるまで、「ああ、(後白河)法皇様がお流されになるぞ」と言って〕」(三・法皇被流)
 この場合の「あはや」は「ああ」という驚きの感動詞である。このようにこの語は、追い詰められたり緊張したりした場面での驚きを表していたことから、現在一般に使われるような危うくの意味の副詞としての用法が生じたのである。
 ところで、「あわや」には危機一髪のところで大事にいたらないですむというニュアンスもある。そのため、「あわやホームラン」は打者の側から見れば誤用だが、打たれた投手の側から見れば必ずしも間違いとは言えないということもある。このようなことから、NHKなどでは誤解を避けるために「あわや」を使わずに、「もう少しで」などと言うようにしているようだ。しかし、「あわやホームラン」は「もう少しでホームラン」と置き換えることはできるが、「あわや自転車にぶつかるところであった」の「あわや」を「もう少しで」に置き換えると、ニュアンスが違ってしまうような気がする。

キーワード:

さらに悩ましい国語辞典
―辞書編集者を惑わす日本語の不思議!―

日本最大の辞書『日本国語大辞典』の編集者はまだまだ悩んでいる! 辞書で定義しずらい言葉の悩み辞書にした「悩ましい国語辞典」の第2弾。
そんたく【忖度】[名]「忖」も「度」もはかるという意味。他人の心を推し量ることで「なにか配慮をする」の意味はない。/しんしゃく【斟酌】配慮までする意味なら「忖度」でなく、「斟酌」の方がしっくりする。この語「手加減する」と意味は変化し続け、今、忖度で起きている現象が斟酌でも起きている……

悩ましい国語辞典
―辞書編集者だけが知っていることばの深層―

「日本国語大辞典」の編集担当者を惑わすことばの不思議スリリングに揺れる日本語の深さ! 面白さ満載!
「うがった見方」は「疑ってかかるような見方」ではない/「悲喜こもごも」を合格発表の描写で使うのは誤り/「まじ! 」は、江戸時代の小説に使用例がある/スコップとシャベルはどちらが大きいか?西日本と東日本では違う/「谷」を「や」と呼ぶのは音読みでも訓読みでもない方言/「あばよ」の語源は幼児語の「アバアバ」

ジャパンナレッジとは

ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。
日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。

ジャパンナレッジ Personal についてもっと詳しく見る