第149回
「悲喜こもごも」

 大学受験真っ盛りである。全国各地の大学では、悲喜こもごもの合格発表が繰り広げられていることであろう。
 と、ここまで読んだところで、アレ?とお思いになった方も大勢いらっしゃるかもしれない。実は、冒頭の2行には、間違ったことばの使い方をしている箇所がある。どこかお分かりであろうか。
 答えは、「悲喜こもごもの合格発表」の部分。「悲喜こもごも」を、喜んでいる人と悲しんでいる人が入り乱れているという意味で使っているからである。
 「悲喜こもごも」は、悲しみと喜びとをかわるがわる味わうことや、悲しみと喜びとが入り交じることを言い、あくまでも1人の人間の心境を表現することばなのである。だから、今までもこのコラムで何回もお世話になっている国立国語研究所のコーパスを検索すると、「その日の警視庁は送る者、送られる者、悲喜こもごもの挨拶でごった返していた。」 (浅田次郎著『三人の悪党』1999年)などという用例が見つかるが、これなども限りなくアウトに近い。
 ではどういう使い方が正しいのかというと、たとえば、「昨年は自分にとって悲喜こもごもの出来事があった年だった」などといった具合である。
 「こもごも」は漢字では「交々」などと書き、多くのものが入り交じったり、次々に現れたりする意味を表す。「悲喜こもごもいたる」などという言い方をすることもある。
 だが、最近では誤って多人数の情景描写に使う人が増えてきたことから、NHKでは、「こういう古めかしい成句はなるべく使わない」(『ことばのハンドブック 第2版』)などとしている。報道では正しくかつ直ぐに理解できることばを使うべきであるという見地からすれば、確かにその通りなのであろうが、「古めかしい成句」をむやみに排除してしまうのも少し寂しいような気がする。
〔本稿は、国語研究所とLago言語研究所が開発したNINJAL-LWP for BCCWJを利用しました。〕

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