日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第15回
「いたいけない子ども」は「いたいけ」が“無い”子ども?

 幼い子どものかわいらしいさまや、そのような言動を表すとき、「いたいけ」と言ったり「いたいけない」と言ったりする。どちらも同じ意味で使われているのに、なぜ「いたいけない」には「ない」が付いているのか?
 実はこの「ない」は接尾語で、その意味を強調し、形容詞化する働きをもつ。したがって、「無い」という意味ではない。「切(せつ)ない」「はしたない」などの「ない」も同様である。
 「いたいけ」は漢字で書くと「幼気」だが、「いた(痛)いけ(気)」の意味で、かわいらしさが痛いほど強く心に感じられる様子であるところからと言われている。
 それがなぜ「いたいけない」になったのかと言うと、似た意味の語に「いとけない」があり、それとの混同で「いたいけない」が生まれたと推定されている。
 その混同が行なわれたのは比較的最近のことなのか、「いたいけ」には中世頃からの使用例が多数見つかっているのだが、「いたいけない」の用例は『日国』第2版にも登録されていない。現時点で筆者が確認できた古い例は、プロレタリア作家黒島伝治の『武装せる市街』(1930年)の「どうしても工場になくてはならない熟練工や、いたいけない、七ツか八ツの少年工や少女工までが」という例のみである。
 さらに古い例をご存じの方はぜひご教示いただきたい。

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