第151回
常用漢字表では「学校」は読めない

 みなさんは「学校」を何と読んでいるだろうか。今さら何を言っているんだ。「ガッコウ」に決まっているではないか。そうお答えになる方がほとんどであろう。実際、国語辞典を引くとほとんどが見出しの語形は「がっこう」になっている。だが、改定常用漢字表で「学」の字を見ると、音は「ガク」で、「ガッ」という読みは示されていない。示された語例も「学習、科学、大学」だけで「ガッ」と読む語例はひとつもない。いったいこれはどうしたわけなのであろうか。
 そもそも何故「ガクコウ」が「ガッコウ」と読めるのかというと、第144回の「『すいぞっかん』は大阪のおっちゃんだけ?」でも書いたのだが、二拍の漢字であとの方が「ク」となるものは、そのあとにkの音で始まる漢字が続くと促音化、すなわち、小文字の「ッ」で表記される発音になることがある。この現象は「ク」で終わる漢字だけではなく、「キ・ツ・チ」で終わる漢字などにも見られる。たとえば、的確 テキカク→テッカク/圧迫 アツパク→アッパク/日記 ニチキ→ニッキ などがそれである。
 日本人なら「学校」は「ガッコウ」と読むのが当たり前なので、よもや学校の漢字テストで「ガクコウ」と答える生徒はいないであろうが、日本語を学ぶ外国人はどうなのであろうか。この変化を簡単に理解できるのだろうか。
 実はこのことは常用漢字表の前身に当たる、当用漢字音訓表の時代から問題になっていた。1958(昭和33)年に当時の文部省が発行した「国語問題問答 第六集」には、実際には「学校」を「ガッコウ」と読むのだから「ガッ」の音を当用漢字音訓表の中に入れて欲しかったという問いがあり、これに対して以下のような回答が示されている。
現代かなづかいの条文や例はそのたてまえになっていますが、当用漢字音訓表では、その意味のことは「使用上の注意事項」に書いて、いちいちの字については基本の音を示すことにとどめてあります。それゆえ実地の適用にあたっては、学校 は がっこう(がく-がっ) 日記 は にっき(にち-にっ) 【以下略】となる、というふうにお考えください。 
 この文書を読んで、はい納得しましたと言える人はどれくらいいたのであろうか。「その意味のこと」は「使用上の注意事項」にあるというのだが、「使用上の注意事項」を何度読んでも「その意味のこと」はわからない。現行の改定常用漢字表もこの当用漢字音訓表を踏襲しているため、当用漢字音訓表の「使用上の注意事項」にあたる、「表の見方」という部分があるのだが、やはりこれを読んでも「学校」を「ガッコウ」と読むということは一言も書かれていない。
 2011(平成23)年に告示された改定常用漢字表は、今後の国語政策を決める極めて重要なものであるが、日本語としての漢字は、日本人だけが理解して使えればいいというものではないであろう。日本で学ぶ外国人留学生が13万人もいる時代に、日本語を学ぶ外国人にもわかりやすい漢字表を作るという発想はなかったのであろうか。「十」という漢字に、本来なかった「ジュッ」という読みを備考欄に付け加える配慮を見せたのなら、「ガッコウ」などの読みを示すのはわけもないことだったのではないかと思うのである。

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