第153回
「ゲラ」

 第146回で「ルビ」について書いたら、「ゲラ」についても書いて欲しいというリクエストをいただいた。だがどちらも印刷用語ではあるものの、「ゲラ」は「ルビ」以上に馴染みのないことばかもしれない。
 編集に携わる者にとっては「ゲラ」はごくふつうに耳にすることばで、「ゲラを読む」とか「ゲラに赤字を入れる」などといった使い方をしている。つまり校正を行うための校正刷りの意味である。ふつうは「ゲラ」と呼んでいるが、「ゲラ刷り」を略したことばである。
 では、「ゲラ」とは何かと言うと、印刷所で組み終わった活字の版を入れておく、底の浅い木製の盆のことをかつてそう呼んでいたのである。これは英語のgalleyに由来している。galleyなどということばを聞いたことがないとおっしゃる方も、古代から中世に地中海で用いられた多数のオールを持つ軍用船、ガレー船の意味でもあると言えば、なるほどと思われるかもしれない。
 印刷所が使用していた、組んだ活字を入れる「ゲラ」は、印刷技術の進歩により使われることはほとんど無くなってしまった。現在は活字を使わない、電算写植組版システム(computerized typesetting system 略してCTS)と呼ばれるコンピューターと連動した組み版システムが主流になったからである。
 だが、筆者が編集者に成り立ての30数年前までは、まだまだ活版印刷が主流の時代であった。活版印刷では原稿に従って1文字毎に活字を活字ケースから拾うという気の遠くなるような作業を行う。それをページ毎にひとまとめにしたのが「ゲラ」である。ちなみに1972~76年に刊行された『日本国語大辞典 初版』は活版印刷で、本文は全巻で約14,000ページあるので、14,000台の「ゲラ」が組まれたことになる。この「ゲラ」を使って印刷したものを「ゲラ刷り(ゲラ)」と呼んで校正紙としていた。
 時が移り「ゲラ」そのものが存在しなくなっても、校正刷りの意味の「ゲラ」は生き残っているというわけである。

キーワード:

さらに悩ましい国語辞典
―辞書編集者を惑わす日本語の不思議!―

日本最大の辞書『日本国語大辞典』の編集者はまだまだ悩んでいる! 辞書で定義しずらい言葉の悩み辞書にした「悩ましい国語辞典」の第2弾。
そんたく【忖度】[名]「忖」も「度」もはかるという意味。他人の心を推し量ることで「なにか配慮をする」の意味はない。/しんしゃく【斟酌】配慮までする意味なら「忖度」でなく、「斟酌」の方がしっくりする。この語「手加減する」と意味は変化し続け、今、忖度で起きている現象が斟酌でも起きている……

悩ましい国語辞典
―辞書編集者だけが知っていることばの深層―

「日本国語大辞典」の編集担当者を惑わすことばの不思議スリリングに揺れる日本語の深さ! 面白さ満載!
「うがった見方」は「疑ってかかるような見方」ではない/「悲喜こもごも」を合格発表の描写で使うのは誤り/「まじ! 」は、江戸時代の小説に使用例がある/スコップとシャベルはどちらが大きいか?西日本と東日本では違う/「谷」を「や」と呼ぶのは音読みでも訓読みでもない方言/「あばよ」の語源は幼児語の「アバアバ」

ジャパンナレッジとは

ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。
日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。

ジャパンナレッジ Personal についてもっと詳しく見る