日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第154回
「じぇ!」って何?

 4月から始まったNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」にはまりそうである。とにかく宮藤官九郎さんの脚本がすばらしい。朝から元気な気分になれる。
 芸達者な役者さんたちが話す字幕付きの岩手弁も心地よい。第2回には、「じぇ」という方言について楽しいやりとりがあった。主人公の母がもらったメールにある、(‘ jj ’)/という顔文字の中の、アルファベットの「J」はなんだという話で、地元方言の「じぇ」だというのである。 
 今回のドラマの舞台は岩手県久慈市。地元では驚いたときに「じぇ」と言うのだそうだ。何とも愉快な方言なので、いったいどこからきているのだろうかと調べてみたくなった。
 先ずは方言も掲載されている『日本国語大辞典 第2版』を引いてみた。すると「じゃあ」という項目の方言欄に、「驚いたりとまどったりする時に言う語。おや。やあ。これはこれは。」とあるではないか。だがドラマの中では「じゃあ」ではなく「じぇ」だったはずだ。そう思いながらよく読んでみると、「《じぇあじぇあ》岩手県九戸郡088」という異形が見つかった。地名はその方言の分布地域を表し、岩手県北東部で太平洋に面する現在の久慈市は江戸時代以降は九戸郡(くのへぐん)に含まれていたのでまさにどんぴしゃりである。ただし、発音は「じぇあじぇあ」と表記されている。実際に地元の人が言うと「じぇじぇ」ではなく、「じぇあじぇあ」と「あ」という音が聞こえることもあるのかもしれない。なお088という数字は元になった方言資料の出典を表していて、この場合は昭和11(1936)年に岩手県教育会九戸郡部会が刊行した『九戸郡志』という本によっているということである。
 この「じゃあ」は、狂言に多く用いられた感動詞に由来しているらしい。『日本国語大辞典』には「其当りにすゑひろがりは御ざらぬか。ジャア。ここもとにも無いさうな」(虎寛本狂言・末広がり)という狂言の例が引用されている。「末広がり」は扇のこと。この「ジャア」は、驚いたり、失望したり、あざけったりするときに発する語で、様々な意味で使われる「じゃ」にかなり近い。
 なお、蛇足ではあるが、『日本国語大辞典』の「じゃあ」の方言欄をさらに読み進めていくと、「ちゃっちゃっ」という異形が出てくる。その分布は山形と高知とある。ここまで読んで、「あれか」と思った方も大勢いらっしゃると思う。そう、NHKの大河ドラマなどで坂本龍馬の口癖として有名になったあの「ちゃっちゃっ」なのである。思わぬところで岩手と高知が繋がってしまった。

キーワード: