第157回
「立ち振る舞い」という言い方

 今回は思い込みはいけないという話である。もちろん自戒を込めて。
 みなさんは立ったり座ったりする身のこなしのことを何と言っているだろうか。「立ち居振る舞い」?または「立ち振る舞い」?
 筆者は長い間「立ち居振る舞い」が正しく、「立ち振る舞い」は誤用だと思っていた。ところが、あるとき「立ち振る舞い」も国語辞典の「立ち居振る舞い」の解説に同義語として載せられていて、中には見出し語にしているものまであるということに気がついたのである。これはかなり衝撃的なことであった。自分のことばの知識なんて、まだまだだということを思い知らされたからである。
 だが、そうではあっても若干の疑問は残った。「立ち居振る舞い」は「立ち居」と「振る舞い」が合わさった語で、「立ち居」は立ったり座ったりすることで、何かを行うときの様子や態度といった意味、「振る舞い」も何かを行う様子といった意味である。これに対して、「立ち振る舞い」だと「立ち」と「振る舞い」で、座るという意味の「い(居)」が無いから、「立ち振る舞い」には立ったり座ったりとは言えないので別語なのではないかと。いささか屁理屈に近いかもしれないのだが。
 ところが、『日本国語大辞典 第2版』を見て完全に打ちのめされた。「立ち居振る舞い」の初出例は中国の歴史書「史記」の講義録である『史記抄』(1477年)、「立ち振る舞い」の初出例は世阿弥が書いた能楽論集『風姿花伝』(1400~02頃)である。何と「立ち振る舞い」の方が古いではないか。しかも、『日葡辞書』(1603~04)には、「Tachifurumai (タチフルマイ)。または、タチイフルマイ」という例まである。
 これほどまでに確かな証拠を突きつけられては、もはや素直に引き下がるしかない。今では「立ち居振る舞い」も「立ち振る舞い」も、どちらも歴史的に有りなのだと思うようにしている。
 ただし、明治以降の文学作品の用例は「立ち居振る舞い」が圧倒的に多く、共同通信社の『記者ハンドブック』も「立ち居振る舞い」を新聞用語としているので、「立ち居振る舞い」を支持する人の方がまだ多いとは言えそうで、そのことだけは救いである。

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