第158回
「恋」は「孤悲(こい)」

 先頃BSジャパンで「知られざる国語辞書の世界」という番組が放送されたのだが、ご覧になった方もいらっしゃると思う。その番組の中で、「ことばサミット」と称して、7冊の国語辞典の編集担当者が辞書について語り合うコーナーがあり、わが『日本国語大辞典』からも第2版の編集長が出演していた。  
 7冊の国語辞典とは8万項目前後の小型辞典から、20数万項目の中型辞典、そして『日本国語大辞典』のような大型辞典まで様々であった。番組ではその7冊の辞典の違いを際立たせるために、「恋」ということばをどのように解説しているか比較するということを行っていた。
 現代語中心の国語辞典は現在使われている意味を最初に示すので、中型辞典までは「恋」の語釈はすべて恋愛の感情という意味である。ところが、『日本国語大辞典』は原義から記述していく主義なので、他の辞典とはまったく異なった意味になる。このような意味である。
 「人、土地、植物、季節などを思い慕うこと。めでいつくしむこと。」
 この解説を読み上げることになった第2版の編集長は、こういう紹介の仕方は『日本国語大辞典』には不利だと不満を漏らしていた。そのあとの話の流れは、それぞれの辞書は恋愛感情という意味を、情緒的に記述しているか、客観的に記述しているかといった違いについであったので、もっともなことである。だが筆者などは、「恋」という語は古くは恋愛感情を表しているだけでなく、求め慕う対象もかなり幅が広かったということをもっと掘り下げた方が番組としても面白かったのではないかと思ったのだが、それは身びいき過ぎるであろうか。
 『日本国語大辞典』には先ずこのような用例が引用されている。
 「明日香河川淀去らず立つ霧の思ひ過ぐべき孤悲(コヒ)にあらなくに〈山部赤人〉」(『万葉集』巻3・325)
 明日香川の川のよどんでいるところを離れずに立つ霧のように、すぐに消えてしまうようなわたしの恋(=思慕の情)ではないのに、といった意味であろうか。この「恋」には恋愛感情の意味はない。また、「孤悲」とする表記も興味深く、『日本国語大辞典』にはそれについて詳しい注記がある。長くなるが引用する。
 「目の前にない対象を求め慕う心情をいうが、その気持の裏側には、求める対象と共にいないことの悲しさや一人でいることの寂しさがある。その点、『万葉』で多用された『孤悲』という表記は漢籍の影響も指摘されてはいるが、当時の解釈をよく表わしている。」
 古代人の「恋」という語のとらえ方がわかって面白い。何やら宣伝めいてしまうが、辞書の中には、こうしたことばの歴史を学べるものもあるのである。

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