日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第162回
「だんぎ」は「談義」か「談議」か? 

 読者から、おたくの辞書で「だんぎ」という項目を引くと、漢字表記は「談義」しか載せておらず、「談議」がないのはけしからんというお叱りをいただいた。新聞のコラムを読んでいたら「談議」と書かれていたのだが、「だんぎ」とは議論や論議をすることなのだから、「義」ではなく言偏のついた「議」が正しいのではないかというご指摘なのである。
 確かにそのように言えなくもないのだが、「談義」と「談議」の関係にはもう少し複雑な問題が存在するのである。と言うのは、「談義」「談議」はもともとは別のことばだったからである。「談義」は物事の道理を説き明かすこと、「談議」は談話・論議をすることという意味であった。両者は混同して使われることも多かったらしいのだが、『日本国語大辞典 第2版』を見ると古い用例は圧倒的に「談義」の方なのである。つまり「談義」が本来の表記と意識されていた可能性が高い。
 ところが近代に入り、「政治談義」とか「教育談義」などといった、道理を説き明かすという意味ではなく、気ままに話し合うという意味で使われた「○○談義」の形の複合語が生まれる。すると「○○談義」は「談義」だけでなく「談議」も多く使われるようになっていく。
 この、「談議」という表記を比較的早く認めたのが新聞で、たとえば共同通信社の『記者ハンドブック』などでも「談義僧」「長談義」「法話談義」などのように道理を説く場合は「談義」、「ゴルフ談議」「談議に花を咲かす」のように話し合う意では「談議」と使い分けている。
 国語辞典では、最新版で「談議」を示していないものは弊社の他にもある。伝統的な表記だけを認めようという立場である。だが現状では、新聞に追随して「談議」を加えた辞典が少しずつ増えてきていることは確かだ。辞典の表記よりも新聞の表記の方が先行したという、ちょっと面白い例である。

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