日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第166回
1時間おきに飲む薬は、いつ飲むのか?

 第164回で「2年ぶり」などの「ぶり」について書いたが、同じように時間を表す語について「3日おき」などと使う「~おき」も、実際にはどれだけの間隔なのかすぐにはわかりにくい語かもしれない。
 「おき」は、「ぶり」とは違って、時間だけでなく距離や数量を示す語とともに使われることもある。たとえば「1メートルおきに地面に棒を立てる」とか、「1段おきに階段を駆け上がる」とかいうような文章である。このような場合は、ものとものとの間(上の例では棒や段)に1メートルや1段という間隔を挟むことなので誤解は少ないかもしれない。
 ところが、時間の場合はどうであろうか。たとえば、「8時から1時間おきに薬を飲む」と言った場合、次に薬を飲むのは何時かというと、二通りの理解がありえるのである。つまり、8時から1時間挟んで次は9時に飲むという理解と、8時のあとに9時を挟んで10時に飲むという理解である。みなさんはどちらであろうか。
 実はこのような場合、どちらが正解かにわかに決めがたいのである。というのは、これが「1時間」ではなく「1日」だったらどうであろうか。「7月1日から1日おきに出かける」といった場合、毎日出かけるという人はいないであろう。間に出かけない日を1日おいて、3日、5日・・・と出かけるのではないか。これと同じだとすれば、「8時から1時間おき」は9時ではなく10時のように思える。だが、筆者の周辺の人に聞いてみると、9時と答える人の方が多かった。1時間をある時刻ではなく、時の長さを表していると考える人の方が多いのかもしれない。
 このように「おき」は時間を表す語との組み合わせによって理解が異なるという、不思議な語なのである。そのようなわけで短い時間の場合は誤解を避けるために、「○時間ごとに」などといった表現にするといった配慮も必要なのかもしれない。
 通常の国語辞典では、「おき」の解説は、数量を表す語についてそれだけの間隔をおいて規則的に繰り返される、とだけ説明しているものが多く、実際の使い方にまで言及しているものは皆無である。辞典の解説の仕方として、今後の研究課題である。

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