日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第188回
怒り心頭に○する

 表題の○の部分に入る漢字は何か?
 クイズではないのだが、平成24年(2012年)度の「国語に関する世論調査」によれば、○の部分に入るのは「達」だと思っている人が、67.1%もいるらしい。
 だが、正しくは「達」ではなく「発」なのである。この調査では「怒り心頭に発する」と答えた人はわずか、23.6%しかいない。しかも、「達する」だと思っている人の方が全世代にわたって数が多いということも判明した。
 「発する」と「達する」、確かに音は似ていなくもないが、なぜこれほどまでに間違って覚えている人が多いのであろうか。
 「達する」だと思っている人は、怒りのメーターのようなものがあって、それが一番上の「心頭」というところまでいたると思っているのであろうか。あるいは勝手な想像なのだが、「に」という助詞が曲者なのかもしれない。この「に」は動作作用の行われる場所を表す「に」なのだが、もともと「心頭において」という言い方であったとしたら間違える人も少なかったのかもしれない。
 怒りは心頭に行きつくわけではなく、心頭において生じるという言い方なのである。「心頭」とは何かというと、心、心の中のという意味である。「心頭」と言えば、甲斐国(山梨県)恵林寺の僧快川紹喜(かいせんしょうき)が織田信長によって寺に火を放たれた際に言ったという
心頭を滅却(めっきゃく=すっかり無くすこと)すれば火もまた涼し 
ということばを思い起こされる方も大勢いらっしゃることであろう。  
 従来なかった言い方がこれほど広まっていても、間違った言い方なので、「怒り心頭に達する」は辞典に載せることはできない。

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