日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第21回
「“コート”な服」ってどんな服?

 正確には「“コート”なべべ」などと言うのかもしれない。“コート”といってももちろんオーバーコートやレインコートのことではない。おもに京都や大阪などの関西地方で、人柄や衣類などが上品だが地味なさまをいうのである。語源は「公道」であるという。
 「公道」といっても国道や府県道などの、私道に対する公の道の意味ではない。『日国』によれば、「公道」は古くは「こうとう」と濁らずに発音し、元来は世間一般に通用する道理の意味であったようだ。それが、「礼儀作法のきまりを守ること」(日葡辞書)をいうようになり、さらに「地味で手堅いさま」の意を表わすようになったのだという。そして「こうとう」が「こうと」「こーと」になり、標題のような使われ方をするようになったというわけである。漢語由来のことばが方言にしっかりと残っているというのはたいへん興味深い。
 「コート」のような意味のことばは共通語には見あたらず、いかにも上方弁らしい語だといえる。地味というニュアンスを含んではいても、決してネガティブなことばではないそうだ。いっとき、京都弁の「はんなり」が広まって、意味をよく理解していない人が訳知り顔に使って、生粋の京都人の失笑を買った(多分)ようだが、その点「こーと」は使用範囲の広いことばと考えていいらしい。
 ただし、だからといって「こーとなコートを着てますな」といったような親父ギャグだけは避けたほうがよい。

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