第200回
「ひな(雛)」と「ひいな」

 3月3日の今日はひな祭り。そこで、今回はひな祭りの「ひな」ということばに関する話などはどうでしょう?
 「ひな祭り」は「雛祭り」と書いて、今でこそ「ひなまつり」と言っているが、「雛」は古くは「ひいな(歴史的仮名遣いは「ひひな」)」と言うこともあった。ただし「ひな」も「ひいな」も今とは違い、ひな祭りに飾る人形のことではなく、女の子が玩具にする、紙や土、木などで作った小型の人形のことを言っていた。 
 「ひな」と「ひいな」ではどちらが古い言い方なのかよくわからないのだが、『日本国語大辞典 第2版』を見ると、平安時代の用例は「ひいな」の方が圧倒的に多い。
 たとえば『源氏物語』には、幼い紫の上の姿が可憐に描かれた以下のような場面がある。
 「ひゐななど、わざと屋ども造りつづけて、もろともに遊びつつ」(『源氏物語』若紫)
 「屋」というのは人形の家屋のこと。人形遊びをしている紫の上と「もろともに遊」んでいるのはほほえましいことに光源氏である。
 平安時代には、人形に着物を着せたり、いろいろな調度を整えたり飾ったりする女の子の遊びを「ひいな遊び」と呼んでいた。
 『枕草子』の「すぎにしかた恋しきもの」の段にも、「枯れたる葵。ひひなあそびの調度(=道具)」とある。
 これらの用例からもおわかりのように、平安時代には貴族の子女にとって「ひいな遊び」とはふだんの遊びであり、もともとは3月の節句と直接の関係はなかったのである。
 それが江戸時代になって、3月3日に固定した年中行事へと変わっていく。なぜそうなったのか。
 それは、「端午(たんご)」「七夕(たなばた)」などと同じ五節供の一つである「上巳(じょうし)」と結びついたからである。「上巳」とは、昔中国で、3月の初めの巳(み)の日を「上巳」と呼び、後に3月3日をその日として、みそぎをして不祥を払う行事を行った日である。日本でもこれにならい、朝廷・貴族の行事として3月3日に川辺に出て、はらえを行い、宴を張る(曲水の宴)ならわしが生まれた。さらに民間でもこの日は婦女子の祝いの日として草餅・桃酒・白酒などを食べたり飲んだりするようになり、やがてこれが今の行事に近い形となる。
 そして、祭りの呼び名も「ひいな祭り」から「ひな祭り」に変わり、今と同じような「ひな人形」も生まれるのである。

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