第201回
采配は“振る”のか“振るう”のか?

 「采配(さいはい)」とは、大将が軍勢の指揮をとるときの持ち物のことで、柄の先に裂いた白紙などを束ねて、房状に取り付けたものが多い。これを手にした指揮官が、それを振り動かして合図をしたところから、「采配を振る」「采配を取る」という言い方が生まれ、陣頭に立って指図をする、指揮をするという意味になった。
 ところでこの「采配を振る」だが、近年になって従来なかった「采配を振るう」という言い方が広まっているのである。
 文化庁が発表した2008(平成20)年度の「国語に関する世論調査」でも、従来の「采配を振る」を使う人が28.6パーセント、「采配を振るう」を使う人が58.4パーセントという逆転した結果となり、「振るう」派が完全に「振る」派を圧倒してしまったのである。
 『日本国語大辞典』でも第2版になって、初版にはなかった井上靖の以下の例が加わり、それによって「采配を振るう」の形も認めるようになってしまった。
 「その下で編輯(へんしゅう)の采配を揮ふばかりでなく」(『闘牛』1949年)
 「揮ふ」は「ふるう」と読み、歴史的仮名遣いでは「ふるふ」である。
 この例のみで「采配を振るう」を認めるのは、いささか時期尚早である気もしないではないが、「ふるう」を無視できなくなっているのは確かだ。
 そもそも「ふるう(揮)」とは、思うままに取り扱う、棒状のものを縦横に駆使して用いる、という意味なので、「采配」に「ふるう」を使ってもあながち間違っているとは言えない気もする。ちなみに、「ふる」は、全体を前後または左右に数回すばやく動かすという意味である。
 「ふる」「ふるう」は、音も似ているし意味も近いため混同してしまったのであろう。だが、「采配をふるう」が『日本国語大辞典』以外の他の辞書に登録される日も、そう遠くない気がする。

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