日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第202回
「雪辱を□□□」

 今回の表題は問題でもある。「雪辱を□□□」の□に入る3文字のことばは何か?
 正解はと何かと言うと、「果(は)たす」である。
 つまり、「雪辱を果たす」で、「昨年の雪辱を果たして優勝した」などと使う。「以前受けた恥を、仕返すことによって消し去ること。現代では多く、競技などで、前に負けたことのある相手を破って、負けた恥をすすぐことをいう。」(『日本国語大辞典 第2版』)という意味である。
 ところが、最近本来の言い方ではない「雪辱を晴らす」と言う人が増えているようなのである。実際に、インターネットで「雪辱を晴らす」を検索するとかなりなヒット数がある。
 文化庁が発表した2010(平成22)年度「国語に関する世論調査」でも、「雪辱を果たす」を使う人が43.3パーセント、「雪辱を晴らす」を使う人が43.9パーセントと、わずかではあるが「晴らす」派が多くなっている。
 「雪辱」とは、辱(はじ)を雪(すす)ぐという意味で、古くからある漢語のようだが、日本最大の漢和辞典『大漢和辞典』(諸橋轍次著 大修館)にはこの語は載っていない。『日本国語大辞典』の唯一の用例は、
*日本野球史〔1929〕〈国民新聞社運動部〉「四対〇、一高美事雪辱す」
 という、スポーツ(野球)に関するものである。上に引用した『日本国語大辞典』の語釈にも「競技などで」とあるように、日本のスポーツ関係者の間で生まれたことばなのかもしれない。
 「果たす」は成し遂げる、目的を達するという意味であるから、「雪辱を果たす」は、辱(はじ)を雪(すす)ぐことを成し遂げるという意味となる。
 これが「雪辱を晴らす」と言ってしまうと、「晴らす」は不快なものを払い除いて快くするということだから、意味不明の言い方にしかならない。「雪辱を晴らす」は、おそらく「屈辱を晴らす」との混同から生まれた言い方だと思われるが、残念ながら誤用であるとしか言いようがない。

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