第203回
「スコップ」と「シャベル」

 当然のことではあるが、辞典では細心の注意を払ってことばの意味を記述するようにしている。だが、そのようにしたはずなのに、刊行した後で正確さに欠ける語釈だったと悔やまれるものが全く無いとは言い切れない。今回はそんなことばの話である。
 筆者にとっては、たとえば、2000年~2001年に刊行した『日本国語大辞典辞典 第2版(以下「日国」と略す)』の「スコップ」という項目がそれであった。語釈の内容は実に簡単だ。「小型のシャベル」、これだけである。もちろんこの語釈のどこがおかしいのかとお思いになる方も大勢いらっしゃることであろう。だが、ちょっと待てよ、と思った私を支持してくださる方もやはり大勢いらっしゃるのではないかと思うのである。
 この語釈のどこが問題なのか。それは「スコップ」を「小型のシャベル」だと言い切っている点である。
 私は従来、「スコップ」のほうが「シャベル」よりも大きいと思っていた。
 個人的な経験で言うと、学生時代に縄文遺跡の発掘現場で、表土(遺跡の上をおおっている土層)をはぎ取るのが「スコップ」で、土器などの遺物が出土したときに周りの土を丁寧に取り除く小型のこて状のものが「シャベル」であった。
 だから、『日国』の語釈は私と全く逆なのである。『日国』を担当した者としては、うかつでは済まされないことである。50万項目すべてに目を通すわけにはいかなかったなどという言い訳も通用しないであろう。
 ちなみに『日国』では、「シャベル」は「土、砂などをすくったり、穴を掘ったりするための金属製の道具。」と解説している。
 だが、なぜスコップ<シャベルだと思っている人間と、私のようにスコップ>シャベルだと思っている人間がいるのであろうか。その謎は『大辞泉』が見事に解き明かしてくれる。
 東日本では大型のものをスコップ、小型のものをシャベルといい、逆に西日本では大型のものをシャベル、小型のものをスコップということが多い。―以下略―(「シャベル」項の補説)
 つまり、『日国』は西日本型だったのである。
 このような東西の対立がある語の語釈は、どちらか一方の立場からではなく、両方に配慮しながら記述する必要があるものと思われる。
 だが、この「スコップ」と「シャベル」の扱いは辞書によって、西日本型か東日本型かバラバラなのである。お手元に国語辞典を複数お持ちの方は比較していただくと面白いと思う。

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「うがった見方」は「疑ってかかるような見方」ではない/「悲喜こもごも」を合格発表の描写で使うのは誤り/「まじ! 」は、江戸時代の小説に使用例がある/スコップとシャベルはどちらが大きいか?西日本と東日本では違う/「谷」を「や」と呼ぶのは音読みでも訓読みでもない方言/「あばよ」の語源は幼児語の「アバアバ」

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