日本語、どうでしょう?~知れば楽しくなることばのお話~

辞書編集者を悩ます日本語とはなにか?──『日本国語大辞典』など37年国語辞典ひとすじの辞書編集者がおくる、とっておきのことばのお話。

第204回
「う◯覚え」

 先ずは問題から。次の言い方のどちらが正しいか答えなさい。
1、「うろ覚えの漢字」
2、「うる覚えの漢字」
 いかがであろうか。最近、2の「うる覚えの漢字」だと答える人が増えているらしい。インターネットで検索しても「うる覚え」と書かれたものがかなりヒットする。だが、もちろん正しくは「うろ覚え」である。
 この「うる覚え」もまた、ことばの読みを曖昧に覚えていた結果生じた誤用であると思われる。つまりこのことばそのものが「うろ覚え」だったわけだ。
 『日本国語大辞典 第2版』(以下『日国』)によれば、「うろ覚え」の「『うろ』は『おろ』の変化した語で、いささか、不十分な、確かでない、の意」だという。
 では「おろ」とは何かというと、やはり『日国』には、
「おろそか」などと同源の語であり、愚鈍の意の「おろか」とも関係があろうと推定される。「観智院本名義抄」で「少」の文字に「オロカナリ」の訓があり、「名語記」には「すこしきの事をおろといへる如何」とある。「おろおろ」と副詞形もつくる。(「おろ」の語誌)とある。
 文中の「名義抄(みょうぎしょう)」とは、『類聚名義抄(るいじゅうみょうぎしょう)』とも言い、平安末期の漢和辞書である。「観智院(かんちいん)本名義抄」はその「名義抄(類聚名義抄)」の増補本で国宝である。「名語記(みょうごき)」の方は鎌倉時代の語源辞書である。
 『日国』を見ると、「おろ覚え」「うろ覚え」とも用例は江戸時代以降のものばかりである。どちらにも井原西鶴の用例が引用されているところから見ると(「うろ覚え」は俳諧『西鶴大矢数』、「おろ覚え」は浮世草子『好色二代男(諸艷大鑑)』)、江戸時代には両方とも使われていたものと思われる。後に「うろ覚え」が優勢となるのだが、それが将来は「うる覚え」が優勢になってしまうというのだろうか。

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