第213回
「うだつが上がらない」の「うだつ」って何?

 日本語の中には、語源はいったい何なのかと気になりだすと、どうしようもなくなることばがけっこうある。たとえば筆者の場合、「うだつが上がらない」の「うだつ」がそのようなことばのひとつである。この「うだつ」のことは、いちおうわかったつもりでいた。だが最近になって決して新しい説ではないのだが、判断に迷うような説を見つけてしまって、心が揺れ動いているのである。
 いちおう納得していたというのは、徳島県美馬(みま)市のことを知ったからである。関西方面で街道筋の古い街並みを歩くと、おもに連接している家屋の境目に、屋根よりも一段と高くこしらえた壁のようなものが造られているのを見かけることがある。これは漢字の「卯(う)」の字に似ているところから、「うだち」「うだつ」と呼ばれていて、美馬市にはこの「うだつ」が江戸時代のままの姿で保存されているという。この壁は隣家に火が燃え広がらないようにするための防護壁なのだそうだ。
 この防火壁の「うだつ」が「うだつが上がらない」の語源だと考えられていて、徳島県観光協会のサイトでも、
「うだつ」とは(略)これを造るには相当の費用がかかったため、裕福な家しか設けることができませんでした。 すなわち「うだつが上がらない」ということは富の象徴であり(後略)
と説明されている。
 関東で生まれ育った筆者にとっては、防火壁の「うだつ」は馴染みのないものであったため、「うだつが上がらない」の「うだつ」がこれだといわれても、そんなものかと思うほかはなかった。美馬市のものではないが、初めて関西地方で防火壁の「うだつ」を見たときに、「これを造るには相当な費用がかかった」という割には、想像していたよりも小さいなとは思ったのだが。
 しかし、最近になってこの防火壁の「うだつ」ではなく、他に「うだつ」と呼ばれるものがあって、それこそが「うだつが上がらない」の語源ではないかと言われているということを知った。
 その「うだつ」とは、建物の妻(つま=切妻(きりづま)などの屋根の側面の、三角形の壁面)にある梁(はり=柱の上にはり渡し、屋根を支えるための横木)の上に立て、棟木を受ける短い柱のことである。
 なぜこれが「うだつが上がらない」の語源になるのかというと、家を建てるとき、柱・梁(はり)などを組み立て、その上に屋根の背に当たる棟木(むなぎ)を上げることを「棟上(むねあ)げ」と言うのだが、この「うだつ」がないと棟木が上げられないため、大工ことばで「うだつが上がる」を棟上げをするという意で用い、それが転じて志を得る意となったというのである(前田勇『上方語源辞典』1965年刊)。
 これはこれでけっこう説得力のある説のような気がするのだが、みなさんはいかがであろうか。もちろん一方の説が間違っているということはないのだが、筆者はこの「柱」説に傾きかけている。

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