第217回
古くて新しいもうひとつの「さくさく」問題

 「さくさく」といっても、今回取り上げたいのは「パソコンがさくさく動く」などというときの「さくさく」ではない。この手際よく行うさまを意味する「さくさく」も、どの程度定着しているかという問題があるのだが、そのことは第185回で触れた。
 今回の「さくさく」は漢字で書くと「嘖嘖」。これはこれでけっこう難読語だと思う。意味は、「口々に言いはやすさま。また、盛んにほめたてること」(『日本国語大辞典 第2版』)である。「名声さくさく」「世評さくさく」などと使う語だといえば、聞いたことがあるという方も大勢いらっしゃることだろう。
 漢字「嘖」は、口々に言いはやすさまを意味する。そして「嘖嘖」の形で、評判が良い場合にのみ使う語とされてきた。ところが、である。「悪評さくさく」「不評さくさく」といった、悪い評判などと結びついて使われることがけっこう広まりを見せているらしいのだ。そのためNHKの『ことばのハンドブック』では、プラスの意味で使い「悪評さくさく」は誤りであるとわざわざ注記している。
 ところが、灯台下暗しと言うべきか、『日本国語大辞典 第2版』(『日国』)に、「嘖嘖」の誤用とされる用例が、ごく当たり前のように入りこんでいることに今更ながら気が付いてしまったのである。このような例だ。

 「私のやうな悪評嘖々たる人間が」(織田作之助『可能性の文学』1946年刊)

 今にして思う。『日国』第2版の編集を担当した者として、この用例をじゅうぶんに吟味しなかったのは、かなり軽率だったのではなかったかと。いくら「さくさく」の用例であるからといっても、明らかに誤用とされるものである。特殊な例であるだけに、扱いには何よりも慎重であるべきではなかったかと思うのだ。
 今、第2版の編集を行っていた過去に戻れるのなら、この例は補注にして、注意すべき典型的な誤用例として示すようにすると思う。作家の誤用例を、いくら用例主義の辞書だからといってわざわざ載せるのも、あまり趣味の良いやり方ではない気もするが。

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