第225回
「腑(ふ)」に“落ちる”のか、“落ちない”のか?

 「腑に落ちる」という言い方を聞いたとき、みなさんはどのように感じるだろうか。筆者はというと、少し違和感がある。「腑に落ちない」と下に否定の語を伴って使うのがふつうなのではないかと思ってしまうからである。
 だが、この語もまた辞典での扱いが揺れている語なのである。単独で「腑に落ちない」、または「腑に落ちる」を見出し語に立てている辞書は、ほとんどが大型の国語辞典なのだが、
「腑に落ちない」派:『大辞林』『広辞苑』
「腑に落ちる」派:『日本国語大辞典』
両用派:『大辞泉』
に分かれる。
 「腑に落ちる」派の『日本国語大辞典』は、解説に「多く、下に否定の語を伴って用いる」と付け加えて、徳富蘆花(とくとみろか)の自伝的小説『思出の記』(1900~01)の、「学校の様子も大略腑に落ちて」という否定の語が下に続かない用例を載せている。
 また、『大辞泉』は、「腑に落ちる」に、織田作之助の『わが町』の「大西質店へ行けと言った意味などが腑に落ちた」という用例を添えている。
 実際の使用例は圧倒的に「腑に落ちない」のほうが多いのだが、文学作品などで「腑に落ちる」を探してみると、泉鏡花、高山樗牛(ちょぎゅう)、夏目漱石、有島武郎といった著名な作家の用例が見つかるのである。「腑に落ちる」は最近使われるようになったわけではなく、明治時代にはすでに使われていたということらしい。
 どうやら「腑に落ちる」をおかしいと感じるのは筆者の誤った思い込みだったようで、辞書としては『大辞泉』のように両形示すのが妥当なのかもしれないと思い始めている。

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