第224回
八方位の基準は南北? 東西?

 東・西・南・北と、北東・北西・南東・南西の8つの方位を総称して、八方位ということはご存じだと思う。この中で、東・西・南・北のそれぞれ中間の方角をみなさんは何と言っているだろうか。北東・東北、北西・西北、南東・東南、南西・西南、いずれかでおそらく揺れているという方が多いと思う。
 今回の話題は6月に東京都千代田区の日比谷図書文化会館で講演をしたときにおいでくださった方からご教示いただいたことなのだが、調べてみるといろいろと面白いことがわかったのでご紹介したい。
 方位は小学校の社会科で習うことになっているのだが、学習指導要領では、東西南北の四方位は3年生で、八方位は四年生までに習うことになっている。八方位とは、指導要領で明確に定めているわけではないのだが、四方位に北東・北西・南東・南西が加わって総称すると教えているようだ。つまり南北のラインを基準に考えているのである。東北、西北、東南、西南のような、東西のラインではない。指導要領の解説書の中には、「南東を東南と間違って言わないように指導しましょう」と言い切っているものまである。テストで、南東を東南と答えると、バツになるのであろうか。
 子どもが混乱することを避けるためにあえて基準を設けているのであろうが、「間違って」と言われると、辞書に関わっているものとしては、伝統的な言い方はどうだったのだろうかとよけいなことを考えてしまう。
 以下は『日本国語大辞典 第2版』(『日国』)から、それぞれの方位の最も古い用例は何かを調べたものである。

北東:『海道記(かいどうき)』(1223年頃)/東北:『菅家後集(かんけこうしゅう)』(903年頃)
北西:『颶風新話(ぐふうしんわ)(航海夜話)』(1857年)/西北:『万葉集』(8世紀後半)
南東:『地方凡例録(じかたはんれいろく)』(1794年)/東南:『菅家文草(かんけぶんそう)』(900年頃)
南西:『胆大小心録(たんだいしょうしんろく)』(1808年)/西南:『延喜式(えんぎしき)』(927年)

 いかがであろうか。これらの用例を見る限り、東西のラインを基準にした言い方の方が圧倒的に古いのである。なぜ学校では、古くから使われていた東西ライン基準の言い方が否定され、比較的新しいと思われる南北ラインが採用されたのか。
 このことを解く鍵が、『日国』も用例を引用している、『地理初歩』にあるのではないかとにらんでいる。こんな例だ。

 「東西南北の間の方角を、北東、北西、南東、南西と云ふ」

 『地理初歩』は1873年(明治6年)に文部省から刊行された最初の官製教科書のひとつで、中身は、当時アメリカで広く使われていた初等地理の教科書を翻訳、編さんしたものである。
 英語では、northeast(北東) northwest(北西) southeast(南東) southwest(南西)と言い、日本語のように北東=東北となるような両用の言い方は一般的ではないであろうから、この訳語が次第に定着し、現在の文部科学省もこれを踏襲して、北東・北西・南東・南西を正しいとしているのではないかと思うのである。

キーワード:

さらに悩ましい国語辞典
―辞書編集者を惑わす日本語の不思議!―

日本最大の辞書『日本国語大辞典』の編集者はまだまだ悩んでいる! 辞書で定義しずらい言葉の悩み辞書にした「悩ましい国語辞典」の第2弾。
そんたく【忖度】[名]「忖」も「度」もはかるという意味。他人の心を推し量ることで「なにか配慮をする」の意味はない。/しんしゃく【斟酌】配慮までする意味なら「忖度」でなく、「斟酌」の方がしっくりする。この語「手加減する」と意味は変化し続け、今、忖度で起きている現象が斟酌でも起きている……

悩ましい国語辞典
―辞書編集者だけが知っていることばの深層―

「日本国語大辞典」の編集担当者を惑わすことばの不思議スリリングに揺れる日本語の深さ! 面白さ満載!
「うがった見方」は「疑ってかかるような見方」ではない/「悲喜こもごも」を合格発表の描写で使うのは誤り/「まじ! 」は、江戸時代の小説に使用例がある/スコップとシャベルはどちらが大きいか?西日本と東日本では違う/「谷」を「や」と呼ぶのは音読みでも訓読みでもない方言/「あばよ」の語源は幼児語の「アバアバ」

ジャパンナレッジとは

ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。
日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。

ジャパンナレッジ Personal についてもっと詳しく見る