第223回
横入(よこはい)り

 「横入り」ということばをご存じだろうか。並んでいる人の列などに横から無理やり入ることである。どちらかというと年齢の若い層に、よく使うという人がいるかもしれない。
 この「横入り」だが、実は新方言などと呼ばれる新しい方言だということはあまり知られていないのかもしれない。そのせいか、NHKの大河ドラマ「軍師官兵衛」のせりふにこのことばがごくふつうに使われていて、驚いたことがある。
 それはこのドラマの見どころのひとつである秀吉軍の中国大返しの場面で使われていた。黒田官兵衛の息子の長政が、後に正室となる蜂須賀小六の娘から、食糧配給の列に脇から入って来たと勘違いされとがめられたときに、「横入りなどするか」と言うのである。
 もちろん私は、時代劇や歴史ドラマで使うことばをすべてその時代のことばにしろと言っているわけではない。そんなことをしたらドラマが成り立たなくなってしまうであろうことはよくわかっている。だが、「横入り」はいくらなんでも、新しすぎる。歴史ドラマとしてのせっかくのいい場面が、いきなり現代の若者を主人にした別のドラマに変えられてしまったような錯覚を覚えた。脚本家はわかりやすさを重視したのであろうが。共通語としてはやはり「割り込み」であろう。
 「横入り」がいつごろ生まれたことばなのかはっきりしないのだが、『辞典〈新しい日本語〉』(2002年井上史雄、鑓水兼貴編著)によれば、1980年代ころから使用が報告されている。同書によれば、神奈川の若い世代、埼玉・群馬や新潟の中学生、東海道沿線の若い層、中国地方、北海道などで使われているという。「新語が地方に先に普及し、東京が遅れた例である」ということだそうだ。ちなみに、千葉県北西部出身の私は「ずるこみ」と言っていた。これは同書によれば、東京都とその近県の一部に使用地域が限られるらしい。
 国語辞典での扱いはどうかというと、見出し語があるのは、『明鏡国語辞典』『三省堂国語辞典』などまだ限られた辞典だけである。前者は俗語扱い、後者は「神奈川などの方言」としている。
 横から入り込むというわかりやすい言い方なので、今後も使用範囲が広がっていくことばであろうが、古い時代にさかのぼれる語でないことだけは確かだ。

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