第237回
「破落戸」

 いきなりで恐縮なのだが、表題の「破落戸」を何と読むかと聞かれたら、皆さんはすぐに答えられるであろうか。
 正解は、「ならずもの」または「ごろつき」である。かなりな難読語だと思う。
 なぜ「破落戸」と書いてそう読むのかというと、もともと中国に「破落戸」という語があって、それに日本で「ならずもの」「ごろつき」という読みをつけたからである。「破落戸」は諸橋轍次(もろはし・てつじ)の『大漢和辞典』にも「はらくこ」の読みで載せられている語で、「ごろつき」「ならずもの」という意味とともに、中国明代に完成したとされる『水滸伝(すいこでん)』の例文などが引用されている。この『水滸伝』は、日本では宝暦7~寛政2年(1757~90年)に岡島冠山(かんざん)編訳と伝えられる『通俗忠義水滸伝』が刊行され広く読まれるようになった。岡島冠山は儒学者で中国の口語体小説(白話(はくわ)小説)の翻訳に果たした役割は大きい。たとえば曲亭馬琴(きょくてい・ばきん)の代表作『南総里見八犬伝』(1814~42刊)も直接的な影響を受けている。
 実際『南総里見八犬伝』にも「破落戸」の使用例(注1)がある。これが明治以降も残り、「破落戸」は「ならずもの」または「ごろつき」と読まれてきたものと思われる。
 「ならずもの」は、アメリカのクリントン元大統領が言ったrogue stateを訳した「ならずもの国家」を思い出した方もいらっしゃるかもしれないが、もともとの意味は「成らず者」で、暮らしが思うようにならない者を言った。それがのちに手のつけようがないほどたちの悪い者や、定職がなく、放浪して悪事をはたらく者を言うようになったのである。
 また、「ごろつき」は、一定の住所も職業もなく、あちらこちらをうろついて、おどしなどをはたらく者のことである。このような者をなぜ「ごろつき」と呼ぶようになったのかというと、江戸時代の儒学者太田全斎が編纂した『俚言集覧(りげんしゅうらん)』(1797頃成立)に「ごろつき 近年江戸の流行の詞。無頼の少年が人の許に寄宿せるをいふ」とあるところから、江戸後期に江戸で生まれた流行語だったことがわかる。またこの文章からすると、「ごろつき」の「ごろ」は、「部屋でゴロゴロする」などというときの擬態語「ゴロゴロ」と関係がありそうだ。
 「ならずもの」「ごろつき」の意味の語を現代の中国語で何というのかわからないが、日本の一般向けの国語辞典では今でも「ならずもの」「ごろつき」を引くと「破落戸」という表記はちゃんと示されている。私がふだん使っているパソコンの漢字変換ソフトも「ごろつき」「ならずもの」と入力すると、ちゃんと「破落戸」と変換してくれる。中国の古い時代の口語の表記が日本語に残っているという面白い事例だと思う。

(注1)ただし馬琴は、「破落戸」を「いたつらもの(いたずらもの)」と読ませている。もちろん「いたずらっ子」の意味ではなく、「ならずもの」の意味である。

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