第243回
「たんのう(堪能)」という語が生まれるまで

 「堪能」はふつう「たんのう」と読まれることが多いのだが、この語にはとても面白い歴史があるということをご存じだろうか。
 「たんのう」は現在では「英会話に堪能な人」などのように、その道に深く通じるという意味と、「秋の味覚を堪能する」などのように、満足するという2つ意味があるとされる。だが、それぞれの意味はまったく別のことばから生まれたものなのである。
 その道に深く通じているという意味の方は、ものによくたえしのぶ能力という意味の「堪能」という仏教語から生まれたものである。ただし、この仏教語は、「堪」という漢字は「たん」ではなく「かん」が正しい読みであることから、「かんのう」が本来の読みであった。
 一方、満足する意味の「たんのう」は、動詞「たる(足)」に完了の助動詞「ぬ」の付いた「たりぬ」が変化した「たんぬ」から生まれた語だと考えられている。この語の存在は平安後期の『観智院本名義抄(かんちいんぼんみょうぎしょう)』という漢和辞書で確認することができる。さらに、江戸時代に入ると、「たんの」となり、やがて「たんのう」という形に変化する。そしてこの「たんのう」に漢字が当てられるようになり、「堪能」という表記が生まれる。ただし「堪能」は先の仏教語からもわかるように本来は「かんのう」と読むべきものであったが、「堪」とよく似た漢字の「湛」を「たん」と読むことから、「堪」も「たん」と読むのだろうと勝手に類推して、「堪能」と書きながら「たんのう」と読まれてしまったのである。
 そして、元来は「かんのう」と読んでいた仏教語由来のその道に深く通じているという意味の「堪能」まで、「たんのう」と読まれるようになってしまうのである。現在ではどちらの意味でも「堪能」を「かんのう」と読む人はまれであろう。

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