第249回
「暖炉の火が燃えたぎる」

 表題のような文章を読んだとき、皆さんはどう思うだろうか。なんだ、別に普通の言い方ではないか、と思うかたもたぶんいらっしゃることであろう。だが、この「燃えたぎる」は誤用だと言われている語なのである。
 何が問題なのか。それは「たぎる」は『日本国語大辞典』に
(1)川の水などが勢い激しく流れる。さかまく。わきあがる。
(2)湯などが煮えたつ。沸騰してわきかえる。
とあるように、「滝」と同語源で、水がわきあがったりわきかえったりするという意味の語だからである。「燃えたぎる」などと火や炎などと結びつく語ではないのである。それを言うなら「燃え盛る」であろう。
 ところが、「たぎる」には、「たぎる熱血」のように、感情が激しくわきおこるという意味もあるせいか、「激しい」という意味だととらえられている節がある。
 そのため「燃える」と結びついて「燃えたぎる」という語が生まれ、それがかなり広まっているらしいのだ。たとえば作家の植松三十里さんには『燃えたぎる石』という小説がある。この「石」とは石炭のことである。
 また、NHKの世界遺産を紹介したサイトでは、メキシコのカバーニャス救貧院の解説の中で、丸天井に描かれた絵を「燃えたぎる炎は苦しみや悲しみのようでもあり」と説明している。
 実は、NHKはこの「燃えたぎる」を認めていないはずなのである。たとえば、NHKアナウンス室編の『NHKアナウンサーも悩む 間違いやすい日本語1000』(2013年)でも、『「燃える」とくっつくことは不可』としている。
 現時点で辞書に「燃えたぎる」を載せているのは『大辞林』『三省堂国語辞典』『現代新国語辞典』という同じ出版社の辞典だけである。ただしそれらはすべて実際の炎のことではなく、心や感情などが燃えるように激しく動くという意味だとはしている。
 私自身は「燃えたぎる」という言い方が存在するということは認識しているが、それを何の注記も無しに辞書に載せる勇気は、まだ無い。

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