第252回
情緒

 「情緒あふれる城下町」などというときの「情緒」だが、皆さんは何と読んでいるだろうか。おそらく「ジョウチョ」と読むという方がほとんどなのではないか。だが、中にはいや自分は「ジョウショ」と読むという方もいらっしゃるかもしれない。
 「ジョウチョ」「ジョウショ」はいったいどういう関係かというと、「ジョウショ」のほうが伝統的な読み方なのである。理由は、「緒」という漢字は「ショ」が漢音、「チョ」が慣用音だからである。慣用音とは、元々はなかった日本で通用している漢字音のことをいう。
 このため、「常用漢字表」(1981年告示、2010年改定)の前身である「当用漢字表」の「音訓表」(1948年)では、「緒」には「チョ」という音は示していなかったのである。
 それが「常用漢字表」では、「チョ」という音が認められるようになっただけでなく、「ジョウチョ」の読み方が「ジョウショ」よりも広まっていると判断したためか、「チョ」の語例の欄に「情緒」を挙げ、さらに備考欄に「『情緒』は『ジョウショ』とも。」として、「ジョウチョ」を優先させる扱いに変わってしまった。わずか30数年で読みが交代してしまったわけである。
 確かに現在では「ジョウチョ」の方が広まっていると言えそうである。たとえばNHKでも、アナウンサーが用語の目安としている『ことばのハンドブック』で、初版(1992年)では「○ジョーチョ ×ジョーショ」と揺れの存在を認めつつ「ジョウチョ」が正しいとしていたのだが、第2版(2005年)ではその注記さえも削除してしまった。「ジョウショ」か「ジョウチョ」で悩む者は最早いないという判断なのであろう。
 国語辞典では、「ジョウショ」は見出しとしては残されているが、解説は「ジョウチョ」にゆだねるというやり方を取っているものがほとんどである。
 私自身も大方が「ジョウチョ」と言っているのにあえて「ジョウショ」が正しいと言い張る気は毛頭ない。ただ、何となくこのまま日本人の記憶の中からその読みが消えてしまうのも惜しい気がする。願わくば「常用漢字表」が再度改定されたときに、「ジョウショ」について触れた備考欄はそのまま残し続けてもらいたいと思うのである。もっとも、その備考欄の意味するところを理解できる人が、今後ますます少なくなっていくかもしれないという危惧(きぐ)はあるのだが。

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