第251回
「春一番」

 「春一番」が吹いたと聞くと、待ち遠しかった春の訪れを喜ぶ人も大勢いらっしゃることであろう。だが私にとっては、春はそれほど待ち遠しい季節ではない。「春一番」とともに本格的な花粉症の症状が現れるからである。
 今でこそ「春一番」ということばはあたりまえのように使われているが、実はそれほど古いことばではないらしい。『日本国語大辞典』(『日国』)によると、「春一番」は、「早春の頃吹く、その年初めての南風の強風。日本海を発達した低気圧が通過するときに吹く。」と説明されている。そして、用例も、
*わたしの崋山〔1965〕〈杉浦明平〉八「春一番のあらしがくれば、日夜荒れくるっていたすさまじい北西風もおさまって」
とかなり新しい。
 『日国』では次の改訂版に向けて、掲載する用例の増補を広く一般読者にお願いしているのだが、その投稿サイト「日国友の会」に投稿のあった例も、
このころ東京湾沿岸で、漁師の人たちが「春一番」と呼んでいる強い一陣の南風が吹くころでもある。(『日本の気象 』1956年 高橋浩一郎 毎日新聞社刊)
と『わたしの華山』例よりも10年ほどさかのぼれるだけだ。
 『日国』によると、「春一番」はもともとは「瀬戸内海から北九州にかけて、春になって最初に吹く南風。」を言ったらしい。「春一番」ということばが生まれた直接の原因とは言えないまでも、このことばの本来の意味を印象付ける悲惨なできごとが、安政6(1859)年の旧暦2月13日に長崎県五島沖で起きたことが知られている。この日、壱岐(いき)の本居浦(もというら)から出漁した8人漕(こ)ぎの漁船7艘(そう)が五島沖で激しい突風に遭遇し、53人が死亡したのである。このとき以来、春の初めの強い南風を「春一(はるいち)」または「春一番」と呼ぶようになったという。
 『日国』にはさらに「山口県や能登半島では、古くから『春一』などと称してきた。」と説明されているので、主に北九州から日本海を抜けて能登半島に至る沿岸部には、春の初めに吹く南からの強風を「春一番」「春一」などと呼んでいたことがわかる。
 現在気象庁では「春一番」を、「冬から春への移行期に、初めて吹く暖かい南よりの強い風」と定義し、さらに補足として「立春から春分までの間に、広い範囲(地方予報区くらい)で初めて吹く、暖かく(やや)強い南よりの風」だと説明している。
 気象庁天気相談所によれば、「春一番」の訪れは、 最早記録は 2月5日 (1988年)、 最晩記録は 3月20日(1972年)とのことで比較的幅があるようだ。
 「春一番」があるのだから、俗にではあるが「春二番」「春三番」と言うこともある。
 今年は「春一番」が吹くのと、このコラムが掲載されるのとではどちらが先になるであろうか。

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