第253回
「すてき」は魅力的という意味ではなかった?

 まずは以下の例をお読みいただきたい。
*和英語林集成(初版)〔1867〕「Sztekini (ステキニ) サムイ」
 今の「すてき」の意味とはまったく違うので不思議に思われた方も大勢いらっしゃることであろう。この『和英語林集成』は、アメリカの宣教師で医師でもあったヘボンが編纂(へんさん)した日本最初の和英辞典である。ヘボンの名前は「ヘボン式ローマ字」でご記憶の方もいらっしゃると思う。この辞書は幕末から明治にかけての日本語の貴重な資料となっている。ここでの「すてき」は、程度がはなはだしいさまといった意味である。
 今でこそ「すてき」は、非常にすぐれているさま、心を引かれるさまといったプラスの意味で使われているが、元来は程度がはなはだしいという意味で、必ずしもいい意味で使われていたわけではなかったのである。
 これと同様のことばに、第229回で書いた「すばらしい」がある。しかも、「すてき」は「すばらしい」から生まれた語だと言われている。「すてき」の語源は、「すばらしい」の「す」に「てき(的)」のついたものだというのである。大方の辞典はこの語源説を採用している。ただ、もう一つ「デキスギ(出来過)の倒語」(『大言海』)だという語源説もある。こちらはいささか無理があるような気がしないでもないが。
 「すてき」も「すばらしい」同様江戸時代に生まれた語だと考えられている。「すてき」が使われるようになったのは文献例を見ると、文化年間以降のようである。例えばその時代に書かれた式亭三馬の滑稽本(江戸町人の会話を通じて人物の滑稽さを描いた小説)にその例が頻出する。中でも『浮世床』には、「すてき」が口癖になっているために「すてき亀」とあだ名された人物まで登場する。「すてき」はどうやらこのころの流行語だったようだ。
 この『浮世床』には、「壱歩(=金一分。一両の四分の一)出しゃア、すてきなやつ(=ここでは鯉のこと)が買らアな」というプラスの意味で使われた例もあり、マイナスの意味しか使われなかったわけではないこともわかる。このプラスの意味が、明治以降になると優勢になるわけである。
 最後に、「すてき」の表記について触れておこう。多くの辞典は、その表記を「素的」「素敵」などとしているが、初期の例は仮名書きがほとんどである。語源説からすれば「素的」が適当なようだが、実際には「素敵」の表記もかなり見られる。だが新聞などは「素的」も「素敵」も当て字と考えてか、仮名書きを採用している。

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