第263回
「胡瓜」は「きゅうり」か「きうり」か?

 八百屋さんの店先で、「きうり 3本〇〇円」などと書かれた値札を見かけることがある。もちろん「きうり」は野菜のキュウリのことだが、なぜ「きうり」と書かれるのか、みなさんは疑問に思ったことはないだろうか。よもや、「きうり」と書くと文字が1字少なくてすむので省エネになっているとか、「きうり」は八百屋さんの符丁だなどと思っている人はいないであろう。
 キュウリは「胡瓜」と書かれることもあるが、語源は「き(黄)うり(瓜)」あるいは「き(木)うり(瓜)」からだと言われている。だとすると「きうり」が本来の言い方だと考えられるが、実際、平安時代中期の漢和辞書『和名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)』には「キウリ」の読みが見える。また、時代が下ってキリシタン宣教師が日本語取得のために編纂した『日葡辞書(にっぽじしょ)』(1603~04)にも「Qiuri (キウリ)」と書かれている。このことから、近世に入っても「キューリ」ではなく、「キ・ウ・リ」と発音されていたと考えられている。
 「きゅうり」という発音が定着したのは第二次世界大戦直後に発行された国定教科書からで、ここで標準語音を「キューリ」としたことによって「きゅうり」という表記に統一されていくのである。ただし「キューリ」と発音するのか「キウリ」と発音するのかどちらが正しいかは、実は音韻学的には必ずしも決着をみていない。だが、一般には「キューリ」と発音し「きゅうり」と書くことが広まるにつれ、辞書もほとんどが「きゅうり」で見出し語を立てるようになっている。
 ちなみに新聞などでは「キュウリ」と片仮名で書くことが多いが、これは動植物名は片仮名書きを原則としているからである。

 ところで、キュウリは河童(かっぱ)の好物だと言われ、キュウリを芯にしたのり巻きを「河童巻き」と呼んでいるが、これは祇園(ぎおん)信仰と関係があると考えられている。祇園の神が川を流れてきた瓜(うり)に乗って出現したという言い伝えが各地に残っている。
 ちなみに黄門様こと水戸光圀(みつくに)はキュウリが嫌いだったらしい。その言行録である『桃源遺事(とうげんいじ)』の中で、毒が多くて効能は少ないから、植えてはいけないし、食べてもいけないと言っている。キュウリを食べている人を見かけると、「助さん、格さん、こらしめてやりなさい」と言っていたのだろうか。

キーワード:

さらに悩ましい国語辞典
―辞書編集者を惑わす日本語の不思議!―

日本最大の辞書『日本国語大辞典』の編集者はまだまだ悩んでいる! 辞書で定義しずらい言葉の悩み辞書にした「悩ましい国語辞典」の第2弾。
そんたく【忖度】[名]「忖」も「度」もはかるという意味。他人の心を推し量ることで「なにか配慮をする」の意味はない。/しんしゃく【斟酌】配慮までする意味なら「忖度」でなく、「斟酌」の方がしっくりする。この語「手加減する」と意味は変化し続け、今、忖度で起きている現象が斟酌でも起きている……

悩ましい国語辞典
―辞書編集者だけが知っていることばの深層―

「日本国語大辞典」の編集担当者を惑わすことばの不思議スリリングに揺れる日本語の深さ! 面白さ満載!
「うがった見方」は「疑ってかかるような見方」ではない/「悲喜こもごも」を合格発表の描写で使うのは誤り/「まじ! 」は、江戸時代の小説に使用例がある/スコップとシャベルはどちらが大きいか?西日本と東日本では違う/「谷」を「や」と呼ぶのは音読みでも訓読みでもない方言/「あばよ」の語源は幼児語の「アバアバ」

ジャパンナレッジとは

ジャパンナレッジは約1500冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。
日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。

ジャパンナレッジ Personal についてもっと詳しく見る