第282回
「太田道灌」を何と読むか?

 前回、「たまご」を「玉子」と書くのは当て字だと書いた。当て字とはどういうものかというと、漢字本来の意味には何の関係ない、その漢字の音や訓だけを借りて、ある語の表記にすることである。『日本国語大辞典』にはその例として、「浅増(あさまし)」「目出度(めでたし)」「矢張(やはり)」「野暮(やぼ)」を挙げている。また、外国地名を「亜細亜(アジア)」「仏蘭西(フランス)」などと書いたり、外来語を「珈琲(コーヒー)」などと書いたりすることもあるが、これらもすべて当て字である。さらに、「五月雨(さみだれ)」「紅葉(もみじ)」のように和語を2字以上の漢字で表記するもの(「熟字訓」ともいう)も当て字とすることが多い。
 このような当て字だけを集めた、とてもユニークな辞典があるのをご存じだろうか。『当て字・当て読み 漢字表現辞典』(笹原宏之編、2010年三省堂)という辞典で、よくぞこれだけ当て字を集めたものだと感心させられる内容のものである。掲載された実例の範囲は、古典文学や近代小説はもとより、漫画、広告、放送、歌詞、Webと実に多岐にわたっている。だから、「夜露死苦(よろしく)」などという表記もちゃんと載っている。
 この辞典にはふつうの辞典では知ることができない自由な発想による漢字表現が数多く載っていて、私の愛読書のひとつなのである。
 たとえば「太田道灌」と書いて、それを何と読ませているかおわかりだろうか。ふつうに読めば「おおたどうかん」だが、もちろんそうではない。この辞書によれば坪内逍遙の小説『当世書生気質(とうせいしょせいかたぎ)』(1885~86年刊)に出てくるというので、実際に小説の本文に当たってみた。こんな内容である。

 「談話(はなし)なかばへ階子段(はしごだん)を登って来たるは、これもまた二十三四の書生(しょせい)にて、〈中略〉、六七度(ろくしちたび)太田道灌に出逢ったと見えて、胴と縁(ふち)との縁(えん)がきれて放れさうになった古帽子を、故意(わざ)と横さまに被りながら、肩をいからしてあがって来(きた)り。」

 もちろん、書生さんが実際に太田道灌と出会ったわけではないということはこの文章からもおわかりであろう。
 まるで判じ物のようだが、答えは「にわかあめ」である。この書生さんは、にわか雨に数回あったためにつばが取れかかってしまった古帽子を被っていたというわけである。
 この答えを聞いて、落語ファンだったら「あれか!」と思ったかもしれない。そう、落語の『道灌』で知られる故事によった読みなのである。
 太田道灌は、江戸城のもとを築いたことで有名な室町中期の武将である。坪内逍遙が落語から直接発想したのかどうかは不明だが、その故事とは以下のような内容である。
 道灌が狩りに出かけてにわか雨にあっため、土地の娘に蓑笠(みのかさ)を所望したところ、娘は山吹(やまぶき)の枝を差し出したので、道灌は花を所望したわけではないと怒って帰ってしまう。だが後に娘が山吹の枝を差し出したのは、「七重八重(ななへやへ)花は咲けども山吹のみの一つだになきぞ悲しき」という古歌(『後拾遺集』所収)の意だったと知り、おのれの無学を恥じて歌道に志したという。この歌は「みの一つだになきぞ悲しき(=実の一つも付かないのは奇妙なことだ)」の「み(実)」に「み(蓑)」を掛けて、雨具のないことをそれとなく示しているのである。道灌のこの故事は、湯浅常山という岡山藩に仕えた儒学者が江戸時代中期に書いた随筆『常山紀談』に出てくる。
 こうなってくると、当て字の中にはけっこう奥の深いものもあることがわかる。
 『当て字・当て読み 漢字表現辞典』は愛読書だと書いたが、辞書編集者としては、よくぞこのような面白い辞書を編纂したと思う反面、そのユニークな発想に嫉妬心すら覚える辞書でもある。

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悩ましい国語辞典
―辞書編集者だけが知っていることばの深層―

「日本国語大辞典」の編集担当者を惑わすことばの不思議スリリングに揺れる日本語の深さ! 面白さ満載!
「うがった見方」は「疑ってかかるような見方」ではない/「悲喜こもごも」を合格発表の描写で使うのは誤り/「まじ! 」は、江戸時代の小説に使用例がある/スコップとシャベルはどちらが大きいか?西日本と東日本では違う/「谷」を「や」と呼ぶのは音読みでも訓読みでもない方言/「あばよ」の語源は幼児語の「アバアバ」

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