第285回
「みすずかる」と「みこもかる」

 「みすず飴(あめ)」という長野県の銘菓をご存じの方も大勢いらっしゃると思う。リンゴ、ブドウ、アンズ、ウメなどの果汁液を水飴と寒天で固めた、見た目もきれいなゼリーである。「みすず」は、「みすずかる信濃(しなの)」によるネーミングだという。
 だが、名前の由来になったという「みすずかる」は、存在しなかったのに存在するという不思議なことばだということをご存じだろうか。
 「みすずかる」の「み」は接頭語、「すず」は篠竹(すずたけ)で、その「スズタケを刈る」という意味なのだが、漢字で書くと「御篶刈」となる。スズタケは日本特産の主に山地の森林の下草として生える竹である。
 「みすずかる」は、もともとは『万葉集』に出てくる語なのだが、隣接する短歌二首(巻二・九六、九七)にしか見られない。いずれも、「水(三)薦刈る 信濃(しなの)の真弓(まゆみ)」の形であるため、信濃にかかる枕詞(まくらことば)だと考えられている。「真弓」は弓の美称である。
 ところで、注意深い方ならすでにお気づきかもしれないが、「みすずかる」の漢字表記は「み篶刈」だが、『万葉集』の漢字表記は「み薦刈」で、「篶」と「薦」が異なるのである。
 「薦」は「篶」とは読みも意味も全く異なる漢字で、「こも」と読みマコモの古名である。マコモは水辺の生えるイネ科の多年草で、編んでむしろを作る。酒だるの「薦被り」の「こも」だというとおわかりいただけるかもしれない。
 「みすずかる」という語は、江戸中期の国学者賀茂真淵(かものまぶち)が『万葉集』にある「み薦刈」を「み篶刈」の誤字であるとし、それを「みすずかる」と読んだことで広まった。江戸後期の俳人小林一茶が、急死した父との最後の日々をつづった『父の終焉日記(しゅうえんにっき)』にも、「梨一参らせたく思へども御篶刈しなのの不自由なる我里は青葉がくれに雪のしろじろ残るばかり(5月7日)」とある。「御篶刈」は「篶」なので「みすずかる」と読む。食欲のなくなった父親にナシの一つも食べさせたいと思うのだが、ふるさとの信濃は不自由な場所にあると嘆いているのである。
 「みすず飴」が作られたのは「みすず飴本舗飯島商店」のホームページによると明治末年からのようだが、その時代は「みすずかる信濃」という言い方がふつうだったのである。
 ところが、昭和に入って国文学者の武田祐吉(たけだゆうきち)が『万葉集全註釈』の中で誤字説を採らず「み薦刈る」のままとし、しかも「みこもかる」と読むべきであると主張したため、現在では、この武田説が主流になっている。
 「みすずかる」は以上のような経緯で生まれた語で、万葉学的には葬り去られた語かもしれないが、辞書的には挙例のような一茶などの用例もあり、立派に存在していることばなのである。
 そんなウンチクを知っていれば、みすず飴の味も香りもさらに楽しめるかもしれない。もちろん製造元の回し者ではないのだが。

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