第293回
「了解」「了承」「承知」の違いとは?

 今回は類語の話である。
 「了解」「了承」「承知」という3語は、相手の言う意味を理解するという意味で使われるが、それぞれの違いをお考えになったことはあるだろうか。このような意味の似ていることばは、例文を考えてその中でそのことばが使えるかどうかを考えると違いがわかりやすく、かつて私が担当した『現代国語例解辞典』や『使い方のわかる類語例解辞典』という辞典でも、それを特長の一つにしたことがある。
 たとえば、
 「その話なら〇〇しています」
という文を考え、それに今回の3語を当てはめてみて、使えるかどうか考察するというわけである。この例文の場合は、3語とも使えるということに異論のある方はおそらくいらっしゃらないであろう。ただ、それぞれの文章を比べてみると、ニュアンスには違いがありそうである。「了解」は相手の話を理解したうえでそれを認める、「了承」はそれを受け入れる、「承知」はただ知っているという違いがあると言えるかもしれない。
 また、3語とも意味がわかるということでは共通しているのだが、単にわかるというときには、「了解」しか使えないこともありそうである。
 たとえば、
 「ここに書かれている意味が〇〇できない」
といった場合である。
 ただ、最近は3語の違いはかなり曖昧になっていて、相手に何かを受け入れてもらいたいと頼む場合も、ニュアンスの違いはあるものの3語とも使われるケースが多くなっている気がする。
 たとえば、
 「少し遅れますので御〇〇ください」
という場合、従来はもっぱら「了承」「承知」を使って、「了解」を使うことはあまりなかったような気がするのだが、最近では「了解」を使うこともあるのではないだろうか。これは「了解」の意味が広がっているということなのかもしれない。上記の2つの辞典では類語のグループを作って、これらの語が例文によって使えるか否かを示した表組みを掲載しているのだが、この「了解」のように意味が広がっている語もあり、改訂の度に見直しが必要だと感じている。
 なお「了解」の意味が拡大していると書いたが、「了解」を使う場合、敬語のマナーの問題もありそうである。相手から何か頼まれたときに、「了解しました」と言うことがあるが、「了解」は軽い感じがするので、ビジネスの場など改まった場面や目上の人に対しては、「承知しました」などと言うべきだとされている。

 このような類語の意味やニュアンスの違いは普通の国語辞典からは読み取れないことが多く、そのためのものとして類語辞典がある。英語圏では類語辞典はシソーラスと呼ばれ子ども向けのものまでかなり充実しているのだが、日本では認知度がまだ低く、かつ通常の国語辞典ほどは売れないため発行点数もあまり多くはない。類語を使いこなせれば、活(い)き活(い)きとした文章を書くことができると思われるので、とても残念なことである。

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