第295回
鏡開き

 今日1月11日は関東では「鏡開き」の日である。「鏡開き」は正月の鏡餅(かがみもち)を下げて食べる儀式で、江戸時代には、男子は鎧兜(よろいかぶと)に、婦女は鏡台に供えた鏡餠を1月20日に取り下げ、割って食べたことから始まるという。鏡餅というのは平たく丸い形状が、昔の金属でできた鏡に似ているところからの呼称である。
 鏡餅は刃物で切ることを忌み、槌(つち)でたたいて割るのだが、「割り」ではなく「開き」というのは縁起を担いで、めでたいことばを使ったのである。
 現在のように1月11日に行われるようになったのは、徳川3代将軍家光(いえみつ)の忌日が20日であるため、11日に繰り上げられたという説があるが真偽のほどはわからない。
 ところで縁起を担いで「鏡開き」と言うようになったと書いたが、実際には「鏡割り」も一般に使われることが多いであろう。ただ、「鏡割り」は鏡餅を割ることではなく、祝宴などで、酒樽のふたを槌(つち)などで割り開くことをいうことの方が多いかもしれない。ただし酒樽のふたを割ることは、「鏡抜き」ということもある。確かに酒樽のふたを槌などでたたく行為は、「割る」というよりは「抜く」という方が正確に表現しているような気がしないでもない。酒樽のふたを鏡というのも、それが円形で昔の鏡を連想させるからである。
 以上のように、「鏡開き」「鏡割り」「鏡抜き」という3つの語が存在するのだが、これらの語の扱いが国語辞典によって違うのである。小型の辞典の場合、「鏡開き」はあっても「鏡割り」「鏡抜き」は載せていない辞典も多いのだが、違いとはそのことではなく、「鏡開き」に酒樽を割り開くという意味を載せているかどうかということである。
 主な辞典を引いてみると以下のように分けられる。

「鏡餅を割る」という意味のみ:日本国語大辞典、新明解国語辞典、岩波国語辞典
「鏡餅と酒樽のふたを割る」という2つの意味がある:大辞泉、大辞林、広辞苑、新選国語辞典、明鏡国語辞典、三省堂国語辞典

 2つの意味を載せる辞書のほうが多くなってはいるが、各辞書の扱いから推察すると、「鏡開き」に「酒樽のふたを割る」という意味が加わったのは比較的新しいことのように思われる。たとえば1988年発行の『大辞林 初版』には鏡餅の意味しかないが、1995年発行の第二版では両方載せられていることからもそれが裏付けられそうだ。NHKは、酒樽の場合は「鏡開き」は使わず、「四斗(しと)だるを開ける」のように言い換えているようだ(『NHK ことばのハンドブック』)。
 酒樽のふたを割ることを、本来は「鏡割り」「鏡抜き」などといっていたものが、やはり縁起を担いでもともとは鏡餅を割る意味だけであった「鏡開き」が使われるようになったということなのであろう。

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