第301回
「ごねる」

 「提示された条件が悪いとごねる」というときの「ごねる」だが、けっこう複雑な成り立ちの語だということをご存じであろうか。
 「ごねる」の元来の意味は、今ではほとんど使われなくなった、死ぬという意味なのである。これは、「ゴネハン(御涅槃)」が転じた語とも、「シヌル(死)」と言うのを忌み、「シ(四)」を「ゴ(五)」にかえて言った「ゴヌル」が転じたものとも言われている。
 それがやがて、ぶつぶつ不平を言う、文句をならべたてる、また、相手の要請などに対し、なかなか承服しないであれこれ注文を出してねばるという意味になる。
 『日本国語大辞典』(『日国』)によれば、「ごねる」が「死ぬ」の意味で使われたのはもっぱら江戸時代に限られていて、不平を言うといった意味で使われるのは昭和になってからである。その理由は「ごてる」という語との混同によるらしい。
 では「ごてる」とはどういう語かというと、ぐずぐずと不平不満を言う、もめる、紛糾するという意味で使われた語である。だが、この語も比較的新しい語のようで『日国』でも昭和10年代の用例が一番古い。
 この「ごてる」は、ぐずぐず言うさまや、くどくど言うさまを表す副詞「ごてごて」と関係のある語かもしれない。ぐずぐず文句を言うという意味の「ごてつく」という言い方もあるが、おそらくそれも同様であろう。「ごてごて」も「ごてつく」も、「ごてる」よりも古い江戸時代の例がある。「ごてる」は「ごてごて」「ごてつく」の「ごて」を動詞化した語という可能性もある。
 さらにややこしいのだが、粉や土などに水をまぜてねることをいう「こねる」にも、無理なことを言って人を困らせるという意味があり、これも江戸時代の用例が存在する。現代語でも「駄々をこねる」と言うときの「こねる」はこれである。
 以上を整理してみると、ぐずぐず言うさまを表す「ごてごて」や、不平を言う「ごてつく」から「ごてる」が生まれ、さらにもともとあった「こねる」との混同から元来は「死ぬ」の意味で使われていた「ごねる」にも、無理なことを言って人を困らせるという意味が加わったのかもしれない。
 現代語としては「ごてる」よりも「ごねる」を使うことのほうが多く、国語辞典では「ごてる」は参照見出しか、俗語の扱いにして、「ごねる」を本項目にしている。

★神永曉氏、朝日カルチャー新宿教室に登場!
 辞書編集ひとすじ36年の、「日本語、どうでしょう?」の著者、神永さん。辞書の編集とは実際にどのように行っているのか、辞書編集者はどんなことを考えながら辞書を編纂しているのかといったことを、様々なエピソードを交えながら話します。また辞書編集者も悩ませる日本語の奥深さや、辞書編集者だけが知っている日本語の面白さ、ことばへの興味がさらに増す辞書との付き合い方などを、具体例を挙げながら紹介されるそう。
講座名:辞書編集者を惑わす 悩ましい日本語
日時:5月21日(土)13:30-15:00
場所:朝日カルチャーセンター新宿教室
住所:東京都新宿区西新宿2-6-1 新宿住友ビル4階(受付)
くわしくはこちら→朝日カルチャーセンター新宿教室

キーワード:

悩ましい国語辞典
―辞書編集者だけが知っていることばの深層―

「日本国語大辞典」の編集担当者を惑わすことばの不思議スリリングに揺れる日本語の深さ! 面白さ満載!
「うがった見方」は「疑ってかかるような見方」ではない/「悲喜こもごも」を合格発表の描写で使うのは誤り/「まじ! 」は、江戸時代の小説に使用例がある/スコップとシャベルはどちらが大きいか?西日本と東日本では違う/「谷」を「や」と呼ぶのは音読みでも訓読みでもない方言/「あばよ」の語源は幼児語の「アバアバ」

ジャパンナレッジとは

ジャパンナレッジは約2万冊以上(総額550万円)の膨大な辞書・事典などが使い放題のインターネット辞書・事典サイト。
日本国内のみならず、海外の有名大学から図書館まで、多くの機関で利用されています。

ジャパンナレッジ Personal についてもっと詳しく見る