第309回
「袖振り合うも多生(たしょう)の縁」

 「袖振り合うも多生の縁」ということばはご存じだと思う。道を行くとき、見知らぬ人と袖が触れ合う程度のことも前世からの因縁によるという意味から、どんな小さな事、ちょっとした人との交渉も偶然に起こるのではなく、すべて深い宿縁によって起こるのであるという意味のことばである。
 だが、このことばはいささか複雑な揺れの見られることばだということは、ご存じだっただろうか。
 まず、「袖振り合う」だが、あるいはそう言っていらっしゃる方も多いかもしれないのだが、「袖すり合う」という言い方も存在するのである。「すり合う」は「擦り合う」または「摺り合う」とも書き、触れ合う、すれ違うという意味で、「振り合う」と同じ意味である。
 ことばの誤用を集めた解説書の中には、この「すり合う」を誤りとしているものもあるが、必ずしもそうとは言い切れない理由がある。たとえば樋口一葉の『やみ夜』(1895年)という小説にも、以下のような用例があるからである。

 「袖すり合ふも他生の縁と聞くを、仮初(かりそめ)ながら十日ごしも見馴れては他処の人とは思はれぬに」

 多くの国語辞典はこの「袖すり合う」も認めているのである。
 さらに面白いことに、「袖振り合う」から「袖ふれあう」という言い方が生まれている。そして、「ふれあう」を「触れ合う」だと考えて、「袖触れ合う」と表記したものまである。国語辞典の中でも保守派と言われている『岩波国語辞典』が、この「袖触れ合う」の表記を優先させているのである。
 また、「多生」という部分にも揺れがあるからややこしい。「多生」は、仏語で、何度も生まれ変わること、つまり輪廻(りんね)のことであるが、これを「他生」と書くこともある。
 「他生」はこの世から見て過去および未来の生をいう語で、「多生」とは本来は意味が異なる。
 さらに、ネット上では「多少の縁」と書かれているものも見かけるが、これは「多生」「他生」を同音語の「多少」だと理解した誤用である。「多少の縁」は、せっかくの出会いを大事にしようという意味で、たまたま出会った異性を口説くときに使うこともあるのかもしれないが、そんな使い方をする輩(やから)とは、縁もゆかりもないと考えた方がよい。

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