第315回
「偏頭痛」は痛み以外も悩ましい

 人類はいったいいつごろから頭痛に悩まされるようになったのであろうか。人間以外の動物は頭痛を起こすことがあるのだろうか。子どものころ頭痛持ちだったせいもあって、よくそんなことを考えた。
 頭痛は間違いなく文字が生まれる以前から人類を苦しめていたのであろうが、それが文献に現れるのは、『日本国語大辞典』(『日国』)によると、日本では平安時代後期に成立した説話集『今昔物語集』からである。
 「頭痛すと云て聊(いささか)に悩む」(巻15・32)という例である。頭痛がすると言ってちょっと床についた、といった意味で、おそらく今でもそうした場面は多いであろう。
 頭痛は、その原因となるものもさまざまで、また、頭部のいろいろな部分でおこる。特に発作的に頭部の片側におこり、周期性を示す頭痛を「偏頭痛」と言うが、このことばも意外なことにけっこう古くからあることばなのである。
 やはり『日国』には、もっとも古い例として室町時代の1530年に成立した『清原国賢書写本荘子抄』にある「偏はかたかたぞ。偏頭痛。正頭痛」という例文が引用されている。この『清原国賢書写本荘子抄』は、室町後期の漢学者で国学者でもあった清原宣賢(きよはらののぶかた)が漢籍の『荘子』を講義した際の筆記録で、それをのちに清原国賢(きよはらのくにかた)という人が筆写したものである。
 どうやら偏頭痛も古くから人を悩ませていたらしい。

 ところで、『清原国賢書写本荘子抄』では「偏頭痛」と表記されており、このコラムのタイトルも「偏頭痛」としているのだが、「片頭痛」と表記する方が正しいのではないかと思われた方もいらっしゃるのではないだろうか。
 実際、現在では新聞などでも「片頭痛」と書かれることのほうが多い。というのは、文部科学省が定めた『学術用語集(心理学編)』では「片頭痛」と表記しているからである。
 国語辞典では、今のところ「偏頭痛」「片頭痛」の両方の表記を示しているものが多い。だが、『日国』のような伝統的な表記による用例を引用している辞典は別にして、やがては新しい表記の「片頭痛」が優勢になっていくのかもしれない。「偏頭痛」と書いたほうが、このような頭痛の性質を的確に表しているような気がしないでもないのだが。

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悩ましい国語辞典
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