第339回
「公算」は“大きい”?“強い”?“高い”?“多い”?“濃い”?

 先ずは『日本国語大辞典』の「公算」という項目に引用されている用例をお読みいただきたい。

*初年兵江木の死(1920)〈細田民樹〉三「我が軍の死傷の公算が多いといふ訳であった」
*鷹(1953)〈石川淳〉二「あとからの箱にぶつかる公算のはうが大きいとしても、まへの箱にぶつかるといふ小さい公算もまたありえた」
*無口の妻とうたう歌(1974)〈古山高麗雄〉「京都なら、叔母がもとの所にいる公算が高いと考えた」

 冒頭からなぜこのようなことをしたのかというと、「公算」の後に続く形容詞に注目していただきたかったからである。形容詞とは、「多い」「大きい」「高い」の3語のことなのだが、自分だったら「公算」のあとに来るのはこの語を使うとか、この語は違和感があるとか、いろいろなご意見があるのではないだろうか。あるいは、なんで「強い」や「濃い」が無いんだ、と思いになった方もいらっしゃるかもしれない。
 「公算」は、確率のことだが、はっきりと数値に示せないような度合いの場合に使われることが多い。従って「大きい/小さい」で表現するのが一般的である。新聞でも、たとえば時事通信社の『用字用語ブック』では、「公算が強い(高い、濃い)→公算が大きい」として、「大きい」しか認めていない。さらにその理由として「『公算』は確率、確実さの度合いをいう。大小で表現し、強弱、高低、濃淡で表すのは誤り。」としている。確かに、国立国語研究所のコーパスで検索すると、頻度では「公算が大きい」が過半数を占めている。ちなみにそこでの頻度数は低いほうに、「高い」「強い」「多い」「濃い」と続く。
 これに対してNHKは「大きい」を本来の言い方としつつも「強い」も認めている。その理由を「『公算』を『可能性』『見込み』の意味で使う場合には、『公算が強い』と表現をしても違和感がない」(『NHKことばのハンドブック』)からだとしている。
 国語辞典ではここまで踏み込んで記述しているものはなく、ほとんどが例文で、「大きい」「強い」という形を示しているので、この2つは認めているということになるであろう。唯一『明鏡国語辞典』は、「大小」「強弱」「高低」「多少」もあるとしている。
 かくいう私は、通常は「大小」派だが、他の言い方が間違いだと思っているわけではない。

〔参考〕筑波大学・国立国語研究所・Lago言語研究所『NINJAL-LWP for TWC』(http://nlt.tsukuba.lagoinst.info)

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悩ましい国語辞典
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「うがった見方」は「疑ってかかるような見方」ではない/「悲喜こもごも」を合格発表の描写で使うのは誤り/「まじ! 」は、江戸時代の小説に使用例がある/スコップとシャベルはどちらが大きいか?西日本と東日本では違う/「谷」を「や」と呼ぶのは音読みでも訓読みでもない方言/「あばよ」の語源は幼児語の「アバアバ」

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