第36回
“琴線(きんせん)に触れる”とどうなるか?

 何か素晴らしいものに触れて感銘や共感を覚えるとき、「(心の)琴線に触れる」という言い方をすることがある。「琴線」は物事に感動する心情を琴の糸にたとえていったことばである。
 この「琴線に触れる」の意味が、最近揺れているらしいのだ。
 文化庁が発表した平成19(2007)年度の「国語に関する世論調査」では、本来の意味である「感動や共鳴を与えること」で使う人が37.8パーセント、間違った意味「怒りを買ってしまうこと」で使う人が35.6パーセント、分からないと答えた人が24.6%という結果が出ている。間違った意味で使っている人は男性では30歳代、女性では40歳代が最も多い。だが、いずれも突出した数ではなく、全世代に満遍なく広がっている。
 「怒りを買ってしまうこと」という間違った意味で使っている人は、おそらく「琴線」を相手の心の急所と考えて、それに触れると相手の心を不快にさせ、逆に怒らせてしまうと考えているのであろう。いつの頃からそのような意味が生まれ広まったのだろうか。
 「琴線に触れる」ということばを聞くといつも心に浮かぶ詩がある。
 昭和2(1927)年に早世した詩人八木重吉の『素朴な琴』という詩である。短いので引用しておく。

この明るさのなかへ
ひとつの素朴な琴をおけば
秋の美しさに耐へかね
琴はしづかに鳴りいだすだらう

 余計な説明は不要であろう。

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