第345回
犬が歩くと当たる“棒”は幸運か、災難か?

 「犬棒(いぬぼう)カルタ」というのをご存じだろうか。「いろはガルタ」のひとつで、最初の札の「い」が「犬も歩けば棒に当たる」であることからそのように呼ばれる。ちなみに、上方のカルタでは「い」は「一寸先は闇」である。
 この「犬も歩けば棒に当たる」ということわざをご存じないというかたは、あまりいらっしゃらないであろう。だが、意味はいかがであろうか。実は、相反する意味で揺れている興味深いことわざなのである。『日本国語大辞典』(『日国』)を見ても、2つの意味が載せられている。このような内容である。

(1)物事をしようとする者は、それだけに災難に会うことも多いものだ。
(2)なにかやっているうちには、思いがけない幸運に会うこともあるものだ、また、才能のない者でも、数やるうちにはうまいことに行きあたることがある。

 つまり、災難説か幸運説かに分かれるのである。そして、その用例もともに江戸時代からある。
 災難説の一番古い例は、

*浄瑠璃・蛭小島武勇問答(ひるがこじまぶゆうもんどう)(1758)三「じたい名が気にいらぬ、犬様の、イヤ犬房様のと、犬も歩けば棒にあふ」

 幸運説は、

*雑俳・三番続(さんばんつづき)(1705)「ありけば犬も棒にあたりし・夜参の宮にて拾ふ櫃(ひつ)の底」

 50年ほどの違いではあるが、災難説、幸運説どちらが先だったかということは、これだけでは判断できない。ただし、「犬棒カルタ」の絵は、犬が棒に当たって顔をしかめているものが多いので、災難説が主流なのかも知れない。
 辞書の場合は、解説の分量は多くなってしまうが、それぞれの意味を載せてあとは読者に判断を任せるということになる。だが、実際に使う場合は、災難と幸運のどちらの意味で使っているのか判断しなければならないので、いささかやっかいかもしれない。さらに、幸運説の場合は、先に引用した『日国』の語釈のように、「才能のない者でも」というニュアンスも含まれるので、使用にはじゅうぶんに注意が必要である。

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悩ましい国語辞典
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